び》しい、激しい、冷酷な、人間を手玉にとって翻弄《ほんろう》するところのものが今日の現実というもののほんとうの姿なのだ。そしてそういう盲目的な意志を貫ぬこうとして荒れ狂う現実を、人間の打ち立てた一定の法則の下にしっかと組み伏せようとする、それこそが共産主義者の持つ大きな任務ではなかったか。そして、自分もまた、そのために闘って来たのではなかったか。――そうは一応頭のなかで思いながら、彼の本心はいつかその任務を果すための闘争を回避し、苦しい現実の中から、ただひたすらに逃げ出すことばかりを考えているのであった。彼は積極的に生きようという欲望にも燃えず、すべての事柄に興味を失い、ただただ現実を嫌悪し、空々|寞々《ばくばく》たる隠者のような生活を夢のように頭のなかにえがいて、ぼんやり一日をくらすようになった。それは、結局はやはり病にむしばまれた彼の生気を失った肉体が原因であったのであろうか。――だが、時々は過去において彼をとらえた情熱が、再び暴風のようにその身裡《みうち》をかけ巡ることがあった。太田は拳を固め、上気した熱い頬を感じながら、暗い独房のなかで若々しく興奮した。しかし次の瞬間にはすぐに
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