着きをも彼は取り戻《もど》したのであった。
独房の窓は西に向って展《ひら》いていた。
昼飯を終えるころから、日は高い鉄格子《てつごうし》の窓を通して流れ込み、コンクリートの壁をじりじりと灼《や》いた。午後の二時三時ごろには、日はちょうど室内の中央に坐っている人間の身体《からだ》にまともにあたり、ゆるやかな弧をえがきながら次第に静かに移って、西空が赤く焼くるころおいにようやく弱々しい光りを他の側の壁に投げかけるのであった。ここの建物は総体が赤煉瓦《あかれんが》とコンクリートとだけで組み立てられていたから、夜は夜で、昼のうち太陽の光りに灼けきった石の熱が室内にこもり、夜じゅうその熱は発散しきることなく、暁方《あけがた》わずかに心持ち冷えるかと思われるだけであった。反対の側の壁には通風口がないので少しの風も鉄格子の窓からははいらないのである。太田は夜なかに何度となく眼をさました。そして起き上ると薬鑵《やかん》の口から生ぬるい水をごくごくと音をさせて呑《の》んだ。その水も洗面用の給水を昼の間に節約《しまつ》しておかねばならないのであった。呑んだ水はすぐにねっとりとした脂汗《あぶらあせ》にな
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