るいものがあって、あまりにも昔のままなのにむしろ驚かされるのであった。外貌のむごたらしい変化に比べて少しも昔に変らぬその調子は鋭く聞く者の胸を打つのである。
「病気は……」太田はそれを言いかけて口ごもりながら、思いきって尋ねた。「身体はいつごろからわるいんです」
「そう、始めて皮膚に徴候が現われたのは捕まった年の春。しかしその時にはどうしたものかすぐに引っこんでしまった。その時には別に気にもとめなかったんです。それから控訴公判の始まった年の夏にはもうはっきり外からでもわかるようになっていてね、そのころにはもうレプロシイの診断もついていたらしいのです」
「外の運動も随分変ったようですね」
岡田の言葉のちょっと切れるのを待って太田は今までの話とはまるで無関係な言葉を突然にさしはさんだ。病気のことにあまり深くふれるのが何とはなしに恐ろしく思われたのである。そしてここへ来てから偶然に耳にしたニュースのようなものを二つ三つ話した。しかし話をしているうちに、昔の岡田ではない、今日、もうそうした世界には全然復帰する望みを失った彼に、そういうことについて、得意らしく話しているような自分自身が省みられ、彼はすぐに口をつぐんでしまった。
「あの監房には本なんかありますか」
「全然ないんですよ」
「毎日どうしてるんです」
「なに、毎日だまって坐っていますよ」そこで岡田はまた白い歯を出して笑った。「君は夜眠られないって言っているようですが、病気のせいもあろうが、もっと気を楽に持つようにしなければ。もっともこれは性質でなかなか思うようにはならないらしいが」――太田が不眠症に悩んで、たびたび医者に眠り薬を要求したりしているのをいつの間にか知っていたのだろう、岡田はそういって忠告した。「僕なんか、飯も食える方だし、夜もよく眠りますよ」
「少し考えすぎるんでしょうね」彼は続けて言った。
「そりゃ考えるなといってもここではつきつめて物を考えがちだが……、しかしここで考えたことにはどうもアテにならぬことが多いんです。何かふっと思いついて、素晴らしい発見でもしたつもりでいてもさて社会へ出てみるとペチャンコですよ。ここの世界は死んでおり、外の社会は生きていますからね。……こんなことは君に言うまでもないことだが、これは僕が昔|騒擾《そうじょう》で一年くった時に痛感したことだもんだから」
ちょうどその時、
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