從つてゐる人々の姿をジヤーナルを通してなど知らうとしても一向に知り得なくなつてからもうよほどになる。一般世人はそんなものはもう影を消したのだと思つてゐる。
さう思はれてゐる時に、事實は、ほんたうに地についた人々の姿がぽつぽつ現れはじめてゐるのである。私は今度の短い旅行の間にも、さういふ人々の姿をもう何人か見て來た。彼等は大抵一つ所に十年以上住みついてゐる。彼等はもはや昔のいはゆる鬪士ではない。妻子を抱へた村民であり町民であつて、何よりも先づ人々と共に泣きもし笑ひもする人だ。
Mのことではないが、彼等のあるものにはよかれ惡かれ次のことも目立つと思つた。何かの組織の一員になつてゐるが、どうもその組織に自身餘り打ち込んでゐるとは見えない。色々世話役的活動をしてゐるがその組織の人としての活動とも云へぬ。組織の中央機關の動きなどに對しても冷淡のやうだ。一方、少くとも表面は昔の人のやうに思想的に潔癖ではない。それから原則的な問題についてのはつきりした答へは多く聞くことが出來ない。しかし現象追隨主義などといふ言葉が空しくはね返るほどのものは底に持つてゐることが感じられる。
電車を下りるともうそこは東旭川村だが、歩いて行く道の兩側に廣がつてゐる田の稻は程よく色づき穗は重く垂れて、素人眼にも今年の作は豐穰であると思へた。私はこつちヘ來る前に北海道の稻作は今年は旱魃の爲に惡いだらうといふある東京新聞の記事を讀んでゐた。それは殆ど確定的なやうな筆つきであつたが、私はすぐには信じなかつた。今年の東北北海道は五十日近い日でり續きではあつたが、青森秋田などの地方が、「旱魃にケカツなし」の言葉通り、順調に行つてゐるのを私は毎日見歩いてゐたからだ。現に私が話を聞いた青森縣東津輕郡の郡農會の技手は、自慢の長髯をしごきつつ、喜色滿面に溢れて、平年作の二割増收の豫想を壇上から繰返してゐた。
寒い地方が恐れねばならぬのは冷害であつて、照り過ぎぐらゐが却つていいのだと聞いてゐる。北海道も同じことで、困つてゐるのは畑作で田は灌漑のわるい一部のみであらうと想像して來たのだ。
最初に訪ねて行つた家で逢ふことの出來た青年のSは、この夏父に死別して一家を双肩にになふことになつたばかりの人だ。私は挨拶がすむとすぐに今年の作柄について聞く。百姓との話の最初に作柄を聞くのは禮儀のやうなものであらう。若ものは今年は
前へ
次へ
全7ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング