石を投げることをやめて、また石の上に腰を下ろした。
 秋の日はいつか日がかげりつつあつた。山や森の陰の所は薄蒼《うすあを》くさへなつて来てゐた。私は冷えが来ぬうちに帰らねばならなかつた。しかし私は立ち去りかねてゐた。
 次第に私は不思議な思ひにとらはれはじめてゐた。赤蛙は何もかにも知つてやつてゐるのだとしか思へない。そこには執念深くさへもある意志が働いてゐるのだとしか思へない。微妙な生活本能をそなへたこの小動物が、どこを渡れば容易であるか、あの小さな淵がそれであることなどを知らぬわけはない。赤蛙はある目的をもつて、意志をもつて、敢て困難に突入してゐるのだとしか思へない。彼にとつて力に余るものに挑《いど》み、戦つてこれを征服しようとしてゐるのだとしか思へない。私はあの小さな淵の底には、その上を泳ぎ渡る赤蛙を一呑みにするやうな何かが住んでゐるのかも知れない、あるひはまたあの柳の大木の陰には、上から一呑みにするやうな蛇の類がひそんでゐるのかも知れない、といふやうなことも考へてみた。しかしその時の私にはそんなことを抜きにしてさきのやうに考へることの方が自然だつた。その方が自分のその時の気持にぴ
前へ 次へ
全15ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング