休みしてゐた。私にはその大きな腹が、喘《あへ》いだ呼吸に波打つてでもゐるやうな気がした。やがて赤蛙はのたりのたり歩きだした。そして、元の所へ――私が最初に彼を発見したその場所まで来ると、そこにうづくまつたのである。
 何かを期待してぢつと一所を見つめてゐるといふのは長いものだ。それは長く思はれたが、五分は経たなかつただらう、赤蛙は再び動きだした。前と同じやうに流れの方へ向つて。そして飛び込んだ、これも前と同じに。一生懸命に泳ぎ、押し流され、水中に姿を没し、中洲の突端に取りつき、這ひ上り、またもとの所へ来てうづくまる、――何から何までが前の時とおなじ繰り返しだつた。そして今不思議な見ものを見るやうな思ひで凝視してゐる私の目の前で赤蛙は又もや流れへ向つて歩きだしたのである。
 私は赤蛙をはじめて見つけた時、その背なかの赤褐色が、濡れたやうに光つてゐたことを思ひだした。して見ると私は初めから見たのではない。私が見る前に、赤蛙はもう何度この繰り返しをやつてゐたものかわからない。
「馬鹿な奴だな!」私は笑ひだした。
 赤蛙は向う岸に渡りたがつてゐる。しかし赤蛙はそのために何もわざわざ今渡らうとし
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