な女が、黙つてはひつて来て、料理の名をならべた板を黙つて突き出す。こつちも黙つて、ろくすつぽう見もしないで、そのなかのどれかこれかを、指の頭でおす。
新しい宿を探して見ようといふ気力さへなかつた。さうかといつてさつさと引きあげて帰るといふ決断力もなかつた。
自然、飯の時のほかは外に出てゐるといふ日が多くなつた。範頼《のりより》の墓があるといふ小山や公園や梅園や、そんな所へ行つてそこの日だまりにしやがんでぼんやり時を過して帰つてくるのだ。
或る日私は桂川の流れに沿つて上つて行つた。かなり歩いてから戻つて来て、疲れたのでどこか腰を下ろす所と思つてゐると、川をすぐ下に見下ろす道ばたに、大きな石が横たはつてゐるのを見た。畳半分ほどの大きさでしかも上が真《ま》つ平《たひら》な石である。私はその上に腰をかけて額の汗をぬぐつた。あたりには人影もない明るい秋の午後である。私は軽い貧血を起したやうなぼんやりした気持で、無心に川を見下ろしてゐた。川は両岸から丁度同じ程の距離にあるあたりが、土がむき出して洲《す》になつてゐる。しかしそれは長さも幅も、それほど大きなものではない。流れはすぐまた合して一つ
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