休みしてゐた。私にはその大きな腹が、喘《あへ》いだ呼吸に波打つてでもゐるやうな気がした。やがて赤蛙はのたりのたり歩きだした。そして、元の所へ――私が最初に彼を発見したその場所まで来ると、そこにうづくまつたのである。
何かを期待してぢつと一所を見つめてゐるといふのは長いものだ。それは長く思はれたが、五分は経たなかつただらう、赤蛙は再び動きだした。前と同じやうに流れの方へ向つて。そして飛び込んだ、これも前と同じに。一生懸命に泳ぎ、押し流され、水中に姿を没し、中洲の突端に取りつき、這ひ上り、またもとの所へ来てうづくまる、――何から何までが前の時とおなじ繰り返しだつた。そして今不思議な見ものを見るやうな思ひで凝視してゐる私の目の前で赤蛙は又もや流れへ向つて歩きだしたのである。
私は赤蛙をはじめて見つけた時、その背なかの赤褐色が、濡れたやうに光つてゐたことを思ひだした。して見ると私は初めから見たのではない。私が見る前に、赤蛙はもう何度この繰り返しをやつてゐたものかわからない。
「馬鹿な奴だな!」私は笑ひだした。
赤蛙は向う岸に渡りたがつてゐる。しかし赤蛙はそのために何もわざわざ今渡らうとしてゐるその流れをえらぶ必要はないのだ。下が一枚板のやうな岩になつてゐるために速い流れをなしてゐる所が全部ではない。急流のすぐ上に続くところは、澱《よど》んだゆつくりとした流れになつてゐる。流れは一時そこで足を止め、深く水を湛《たた》へ、次の浅瀬の急流にそなへてでもゐるやうな所なのである。その小さな淵の上には、柳のかなりな大木が枝さへ垂らしてゐるといふ、赤蛙にとつては誂《あつら》へ向《む》きの風景なのだ。なぜあの淵を渡らうとはせぬのだらう?
私がそんなことを考へてゐる間にも、赤蛙は又も失敗して戻つて来た。私はそろそろ退屈しはじめてゐた。私は道路から幾つかの石を拾つて来て、中洲を目がけて投げはじめた。赤蛙を打たうといふ気はなかつた。私はただ彼を驚かしてやりたかつた。彼に周囲を見まはすきつかけをつくり、気づかせてやりたかつた。石は赤蛙の周囲に幾つも落ちた。速い流れにも落ちた。淵にも落ちて、どぶんといふ音はこつちを見よとでもいふかのやうだつた。赤蛙はびくつとしたやうに頭を上げたり、ちよつと立ち止つたりしたが、しかし結局予定通り動くことをやめなかつた。飛び込んで泳ぐこともやめなかつた。
私は
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