何も苦にはならなかつた。私はしばらくでも俗悪な社会と人生とを忘れることができたのである。
 私は翌日その地を去つた。たづさへて来た一冊の書物も読まず、ただあの赤蛙の印象だけを記憶の底にとどめながら。
 病気で長く寝つくやうになつてからも、私は夢のなかで赤蛙に逢つた。私は夢のなかで色を見るといふことはめつたにない人間だ。しかし波間に没する瞬間の赤蛙の黄色い腹と紅の斑紋とは妖《あや》しいばかりに鮮明だつた。
[#地から2字上げ](昭和二十一年一月)



底本:「現代日本文學大系 70 武田麟太郎・島木健作・織田作之助・檀一雄集」筑摩書房
   1970(昭和45)年6月25日初版第1刷
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年8月26日公開
2005年12月23日修正
青空文庫作成ファイル:
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