とする、さういふ場合が多いが、ましていま報告を持つて來たのは二十まへの若ものでふだんからいたづらいたづらした眼がよく動くのであつた。人々はさういふ彼に期待し、彼のいつた一言とはまるで反對のものを讀みとらうと、その目もと口もとに見入るのであつた。すぐにもそれがほころびはじめるであらう……だが若ものの表情はいつまで經つても硬いのである。
「ふうん……さうか。」と杉村は手にした紙きれを見ながらいつた。みんなどつと彼によりそつて來、肩と肩とをすり合すほどにして彼の手許に見入つた。とふいに杉村はある種の感動のこもつた叫びごゑをあげた。「どうしたんだ、こりや、……敗けたのは仕方がないとして島田は次點でもないぜ、島田は山内に敗けてるんだ。山内の奴、どうしてこんなにのしたもんだらう。」それから、讀むぞ、といつて彼は讀みはじめた。――
聞き終つて彼等は聲をのんだ。豫想とはあまりにみじめな相違だつた。最後にものをいふ筈であつた、かの三ヶ村の票數はどこへ行つたか、農民派と稱して二大政黨とは中立で立つた山内が最初微弱な勢力でありながら、なぜに最後に近づくに從つて次第にピツチを上げて來、つひには島田を凌ぐにいたつたか、彼らはそれらについて今はもう何を考へて見ようともしなかつた。急に忘れてゐた疲れが以前に倍したいきほひで襲ひかかつて來た。考へ、動く、あらゆるはたらきをやめてこのままずるずると泥沼のやうな眠りのなかに身を落してしまひたかつた。その場所をもとめるかのやうに彼らはあらためて部屋のなかを見まはした。日がおちると闇の這ひよる足は早かつた。暗くなつた部屋のなかは今朝ものを片づけ、掃除をしたままの姿である。筆や墨汁や、紙の類は片隅によせた小机の上におかれ、謄寫版は久しぶりに箱のなかにをさめられてこれも片隅にあつた。中央には火の消えた火鉢が一つ、燒きすてた反古紙の灰が山をなしてゐる。まる一ヶ月のあひだの足の入れ場もない亂雜を見慣れた眼には、がらんとした部屋の廣さは妙に寒々とした感じである。はげしい言葉を書きつらね、赤インクで彩つたポスターが風にはたはたと音をさせてゐるのを見た時、過去一ヶ月の餘にわたる苦鬪の跡が一瞬のうちに彼らの腦裡をかすめた。すべては無駄な努力に終つたのかとの實感は理窟を越えたものであつた。殘るものはただえたいの知れない暗がりに身心をひきずりこむ抵抗しがたい虚脱感あるのみで
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