途《さき》山中に迷わぬものでもないから、なるべく食物《しょくもつ》を残しておけと、折りから通り掛かった路傍《みちばた》に、「旅人宿《りょじんやど》」と怪し気な行灯《あんどん》のブラ下がった家があるので、吾輩は早速|跳《おど》り込み、
「オイ、飯を食わせろ」と叫ぶと、安達《あだち》ヶ|原《はら》の鬼婆然たる婆さん、皺首《しわくび》を伸ばして、
「飯はねえよ」
「無ければ炊いてくれ」
「暇が掛かるだよ」
「三十分や一時間なら待とうが。何か菜《さい》があるか」
「菜は格別ねえだよ。缶詰でも出すべえか」
「缶詰ならこっちにもある。そんな物は食いたくない。芋でも大根でも煮てくれないか」
「芋も大根もねえだよ」
嘘ばかりいっている。現に裏の畑には芋も大根もあるのに、それを掘るのが面倒なのか、高い缶詰を売付けようとするのか、不親切も甚《はなはだ》しいので、未醒《みせい》子大いに腹を立て、
「止《よ》せ止せ、こんな家の厄介になるな」
と、一行は尻をたたいてこの家《や》を出たが、婆さん一向《いっこう》平気なもの、振向いてもみない。食物《しょくもつ》本位の宿屋ではなかったと見える。
三、四町行くとまた一軒の汚い旅人宿、幸いここでは、鰌《どじょう》の丸煮か何かで漸《ようや》く昼飯に有付くことが出来た。東京では迚《とて》も食われぬ不味《まず》さであるが、腹が減っているので食うわ食うわ。水中の津川五郎子八杯、未醒子七杯、髯将軍と吾輩六杯、その他平均五杯ずつ、合計約五十杯、さしもに大きな飯櫃《おはち》の底もカタンカタン。
(一〇)登山競争
町付《まちつき》村から、山道は漸《ようや》く深くなり、初めは諸所《ところどころ》に風流な水車小屋なども見えたが、八溝川《やみぞがわ》の草茂き岸に沿うて遡《さかのぼ》り、急流に懸けたる独木《まるき》橋を渡ること五、六回、だんだん山深く入込《いりこ》めば、最早どこにも人家は見えず、午後四時頃、常州《じょうしゅう》第一の高山八溝山の登り口に達した。登り口には古びた大きな鳥居が立っている。ここから山道は急に険しくなるのだ。絶頂までは一里半、頂上間近になれば、登山者の最もくるしむ胸突《むねつき》八丁もあるとの事だ。
例の剛力先生なかなかやって来ない。鳥居の下で待つこと約三十分、杉田子、衣水子、木川子など付添で漸くやって来た。聴けばある坂道で、剛力先
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