、余はおぼつかなくも鉛筆を取り出し、数葉の黄紙にこの事を記す、●
余の文は拙《せつ》なり、されど万一にもこの秘密にして何時か人間世界に[#「人間世界に」は底本では「人関世界に」]現わるる事あらば、世の学者諸君よ、願わくは死を決してこの南極に探険船を進めよ、じつに世界の一大秘密はここに伏在せるなり、かく記せる間に火焔《ほのお》ははや消えんとす、余の脚は爪先よりすでに凍り始めたり、手の指ももはやきかずなれり、これにて筆を止めん、幸いに余のポケットには今なお残れる一瓶のビールあれば、余はそのビールを末期《まつご》の水として飲み、快くこの世を去らん、しこうしてその空瓶にはこの一書を封じて海中に投ずるなり、もしこの瓶|氷塊《ひょうかい》にも砕けず、海底にも沈まず――オー、オー、オー、火焔はすでに消えたり、もはや一分の猶予もなし、一字も記すあたわず、これにてさらば。
 以上はコルテス博士がポルトガルの海岸にて拾上《ひろいあ》げし、不思議なる瓶中《びんちゅう》より出でし不思議なる書面なり、記者はもはや多く記さず、賢明なる読者諸君は、なにゆえに近頃ヨーロッパの学者社会より、幾度の失敗にも懲りず、しばしば不思議なる南極探検船の派遣せらるるか、その秘密をば知りたもうべし。



底本:「日本SF古典集成〔※[#ローマ数字1、1−13−21]〕」ハヤカワ文庫JA、早川書房
   1977(昭和52)年7月15日発行
初出:「中学世界」博文館
   1905(明治38)年1月号
入力:田中哲郎
校正:山本弘子
2009年4月30日作成
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