そのような秘密――そのような不思議なことがあるかと、眼をまるくして驚くだろう。


      二

 頃はポルトガル第一の科学者モンテス博士の南極探検船が、ある夜秘密にセントウベス湾を出発した、二カ月ほど以前の事である。あまり人の行かぬデルハ岬の海岸に、二人の奇麗な娘が遊んでおった、二人ともモンテス博士の愛嬢で、景色よき岬の上には博士の別荘があるのだ。
 二人の娘は楽しそうに、波打際を徘徊しながら、蟹を追い貝を拾うに余念もなかったが、しばらくして姉娘《あねむすめ》は急に叫んだ。
「あら! 妙なものが流れてきてよ」
 妹娘《いもうとむすめ》もその声に驚き、二人肩と肩とを並べて見ていると、今しも打ち寄せる波にもまれて、足許にコロコロと転んできたのは、一個《ひとつ》の真黒なビールの空瓶だ。
「おや、こんな物、仕方がないわ」と、姉娘は織指《せんし》に摘まみあげて、ポンと海中に投げ込んだが、空瓶はふたたび打ち寄せる波にもまれて、すぐまた足許にコロコロと転んできた。
「本当に執拗《しつこ》い空瓶だこと」と、今度は妹娘が拾って投げようとすると、その時|背後《うしろ》の方より、
「二人とも何をしている、拾ったのは何んだ」と呼んだ者がある、振り向いて見ると父のモンテス博士で、ニコニコしながら進みよる。二人とも嬉しそうに、左右からその首に縋《す》がりつき、
「阿父《おとう》様、この瓶、みょうな瓶なんですよ、ちょうど生きているように、幾度投げてもコロコロと――」
「ホー、海員の飲むビールの空瓶だな」と、博士は妹娘の手からその瓶を取って眺めたが、
「これは奇妙だ、この瓶の口栓《キルク》はすでに腐っておる、そのうえ瓶の外に生《む》している海苔《こけ》は、決してこの近海に生ずる物ではない、南洋の海苔《こけ》だ、南洋の海苔《こけ》だ、このような海苔《こけ》の生じているので見ても、この瓶のよほど古い物である事が分る、思うに難破船の甲板からでも投げたものだろう」と、さすがはポルトガル第一の科学者と云わるるほどあって、その着眼がなかなか鋭敏だ。博士は斯《か》く云いつつ、瓶を差し上げて太陽の光線《ひかり》に透かしてみたが、
「オオ、あるある果してみょうな物があるある」と叫んで、好奇心は満面にあふれ、口栓《キルク》を抜くのももどかしと、かたわらの巖石《いわ》をめがけて投げつけると、瓶は微塵に砕け、なかか
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