板踏み鳴らす足音も荒々しく狼の吼ゆるがごとく、また猿の叫ぶがごとく罵り騒ぐは、ここ開けよ開けよと云うならん、開けては一大事なり、余は両手を伸ばし、死力を出して下より蓋《おおい》を押えおる、海賊等は上よりこれを引きはなさんとす。幸いこの帆船《ほまえせん》には船底と甲板との間に、この昇降口一個あるのみなれば、ここぞ余のためにはサーモピレーの険要《けんよう》とも云うべく、この険要破れざる限りは、余の生命続かん、生命のあるかぎりは、いかでかここを破らすべきと、余は必死なり、海賊等も必死なり。海賊等は昇降口の容易に開かれざるに、怒り狂い、足をあげて蓋《おおい》を蹴たり、されど蓋《おおい》の表は滑かに、鉄の板一面に張られたれば、なかなか破るるものにあらず。
そのまにも海はますます荒れまさるようにて、帆綱にあたる風の音はピューピューと、波は次第々々に高まりて舷を打つ、かかる大荒れをも恐れず、海賊等は是非ともこの入口を開かんとするなり、やがて余の頭上にあたり、ガチンガチンと異様なる響聴《ひびきのきく》を始めしは、彼等がどこよりか鉄槌を提《ひっさ》げ来り、一気に入口を打ち砕かんとするなるべし、蓋《おおい》を握れる余の手は、その響を受けて非常なる痛みを覚え、鉄槌の下る事七八|度《たび》目《め》にして、余は遂にたええずその手を放てり、たちまち見る入口の一方は砕けたり、仰げば悪鬼のごとき海賊の顔見ゆ、たちまち二三人はその破れ目に手を掛け、嘲笑うがごとき奇声を放って蓋《おおい》を引起せば、蓋《おおい》はギーと鳴って開くこと五寸! 一尺! 一尺五寸、剣《つるぎ》を逆手に握れる海賊の一人は、眼を怒らして余を目懸けて飛び込まんとす、もはや絶対絶命なり、余は思わず呀《あっ》と叫んで船底に逃げ込まんとせしが、その途端! 天地も崩るるがごとき音して、船はたちまち天空に舞い上り、たちまち奈落に沈むがごとく、それと同時に、余は梯子の中段より真逆様に船底に落ち込み、失敗《しまっ》たと叫びしまでは記憶すれど、その後は前後正体もなくなったり。
七
気絶せる間は眠れると同じくまた死せると同じく。時刻のたつを知らず、それより一時間過ぎしか一日過ぎしか、それとも一週間以上過ぎしやを覚えねど、余は夢ともなく現ともなく、ふとしたたかに余の頭を打つ者あるように感じて眼を開けば、余はなお生きてあるなり、心
前へ
次へ
全18ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング