旬《しよじゆん》横濱《よこはま》の某《ぼう》商船會社《しやうせんくわいしや》より浪《なみ》の江丸《えまる》といへる一|大《だい》帆走船《ほまへせん》を購《あがな》ひ、密《ひそ》かに糧食《りようしよく》、石炭《せきたん》、氣發油《きはつゆう》、※[#「渦」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、46−5]卷蝋《くわけんらう》、鋼索《こうさく》、化學用《くわがくよう》の諸《しよ》劇藥《げきやく》、其他《そのほか》世人《せじん》の到底《たうてい》豫想《よさう》し難《がた》き幾多《いくた》の材料《ざいりよう》を蒐集中《しうしふちう》なりしが、何時《いつ》とも吾人《われら》の氣付《きづ》かぬ間《ま》に其《その》姿《すがた》を隱《かく》しぬ。櫻木大佐《さくらぎたいさ》が其《その》姿《すがた》を隱《かく》すと共《とも》にかの帆走船《ほまへせん》も其《その》停泊港《ていはくかう》に在《あ》らずなり、併《あは》せて大佐《たいさ》が年來《ねんらい》の部下《ぶか》として神《かみ》の如《ごと》く親《おや》の如《ごと》くに氏《し》に服從《ふくじゆう》せる三十七|名《めい》の水兵《すゐへい》も其《その》姿《すがた》を失《うしな》ひたりといへば、想《おも》ふに大佐《たいさ》は暗夜《あんや》に乘《じよう》じて、竊《ひそ》かに其《その》部下《ぶか》を引連《ひきつ》れ本邦《ほんぽう》をば立去《たちさ》りしものならん、此事《このこと》は海軍部内《かいぐんぶない》に於《おい》ても極《きは》めて秘密《ひみつ》とする處《ところ》にして、何人《なんぴと》も其《その》行衞《ゆくえ》を知《し》る者《もの》なし、只《たゞ》心當《こゝろあた》りとも云《い》ふ可《べ》きは、昨夕《さくゆう》横濱《よこはま》に入港《にふかう》せし英國《エイこく》の某《ぼう》郵船《ゆうせん》は四五|日《にち》前《ぜん》の夜半《やはん》、北《きた》ボル子ヲ[#「ボル子ヲ」に二重傍線]島《たう》附近《ふきん》にて日本《につぽん》の國旗《こくき》を掲《かゝ》げし一|大《だい》帆走船《ほまへせん》を認《みと》めし由《よし》にて、其《その》船《ふね》の形状等《けいじようとう》恰《あだか》も大佐《たいさ》の帆走船《ほまへせん》に似寄《によ》りたる處《ところ》あれば、氏《し》は其《その》航路《かうろ》を取《と》りて支那海《シナかい》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、47−3]《す》ぎ印度洋《インドやう》の方面《はうめん》に進《すゝ》みしにあらずやとの疑《うたがひ》あり、元《もと》より氏《し》が今回《こんくわい》の企圖《くわだて》は秘中《ひちう》の秘事《ひじ》にして、到底《たうてい》測知《そくち》し得《う》可《べ》きにあらざれども、兎《と》にも角《かく》にも非凡《ひぼん》の智能《ちのう》と遠大《えんだい》の目的《もくてき》とを有《いう》する氏《し》の事《こと》なれば、何時《いつ》意外《いぐわい》の方面《はうめん》より意外《いぐわい》の大功績《だいこうせき》を齎《もた》らして再《ふたゝ》び吾人《ごじん》の眼前《がんぜん》に現《あら》はれ來《きた》るやも知《し》る可《べ》からず、刮目《くわつもく》して待《ま》つ可《べ》きなり。== 云々《うんぬん》。
何等《なにら》の關係《くわんけい》はなくとも、斯《か》かる記事《きじ》を讀《よ》んだ人《ひと》は多少《たせう》心《こゝろ》を動《うご》かすであらう。殊《こと》に私《わたくし》は櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》とは面識《めんしき》の間柄《あひだがら》で、數年《すねん》前《ぜん》の事《こと》、私《わたくし》がまだ今回《こんくわい》の漫遊《まんゆう》に上《のぼ》らぬ以前《いぜん》、ある夏《なつ》、北海道旅行《ほくかいだうりよかう》を企《くわだ》てた時《とき》、横濱《よこはま》から凾館《はこだて》へ赴《おもむ》く※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》の中《なか》で、圖《はか》らずも大佐《たいさ》と對面《たいめん》した事《こと》がある。其頃《そのころ》大佐《たいさ》は年輩《としごろ》三十二三、威風《ゐふう》凛々《りん/\》たる快男子《くわいだんし》で、其《その》眼光《がんくわう》の烱々《けい/\》たると、其《その》音聲《おんせい》の朗々《ろう/\》たるとは、如何《いか》にも有爲《いうゐ》の氣象《きしやう》と果斷《くわだん》の性質《せいしつ》に富《と》んで居《を》るかを想《おも》はしめた。其人《そのひと》今《いま》や新聞《しんぶん》の題目《だいもく》となつて世人《よのひと》の審《いぶか》る旅路《たびぢ》に志《こゝろざ》したといふ、其《その》行先《ゆくさき》は何地《いづこ》であらう、其《その》目的《もくてき》は何《なん》であらう。軍事上《ぐんじじやう》の大
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