》には十一|時《じ》半《はん》を報《ほう》ずる七|點鐘《てんしよう》が響《ひゞ》いて、同時《どうじ》にボー、ボー、ボーツと恰《あだか》も獅子《しゝ》の吼《ほ》ゆるやうな※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]笛《きてき》の響《ひゞき》、それは出港《しゆつかう》の相圖《あひづ》で、吾等《われら》の運命《うんめい》を托《たく》する弦月丸《げんげつまる》は、遂《つひ》に徐々《じよ/″\》として進航《しんかう》をはじめた。

    第四回 反古《ほご》の新聞《しんぶん》
[#ここから5字下げ]
葉卷烟草《シーガレツト》――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水夫――奇妙な新體詩――秘密の大發明――二點鐘カヽン々々
[#ここで字下げ終わり]
 灣口《わんこう》を出《い》づるまで、私《わたくし》は春枝夫人《はるえふじん》と日出雄少年《ひでをせうねん》とを相手《あひて》に甲板上《かんぱんじやう》に佇《たゞず》んで、四方《よも》の景色《けしき》を眺《なが》めて居《を》つたが、其内《そのうち》にネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]港《かう》の燈光《ともしび》も微《かす》かになり、夜寒《よざむ》の風《かぜ》の身《み》に染《し》むやうに覺《おぼ》えたので、遂《つひ》に甲板《かんぱん》を降《くだ》つた。
夫人《ふじん》と少年《せうねん》とを其《その》船室《キヤビン》に送《おく》つて、明朝《めうてう》を契《ちぎ》つて自分《じぶん》の船室《へや》に歸《かへ》つた時《とき》、八點鐘《はつてんしよう》の號鐘《がうしよう》はいと澄渡《すみわた》つて甲板《かんぱん》に聽《きこ》えた。
『おや、もう十二|時《じ》!』と私《わたくし》は獨語《どくご》した。既《すで》に夜《よる》深《ふか》く、加《くわ》ふるに當夜《このよ》は浪《なみ》穩《おだやか》にして、船《ふね》に些《いさゝか》の動搖《ゆるぎ》もなければ、船客《せんきやく》の多數《おほかた》は既《すで》に安《やす》き夢《ゆめ》に入《い》つたのであらう、たゞ蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の響《ひゞき》のかまびすしきと、折々《をり/\》當番《たうばん》の船員《せんゐん》が靴音《くつおと》高《たか》く甲板《かんぱん》に往來《わうらい》するのが聽《きこ》ゆるのみである。
私《わたくし》は衣服《ゐふく》を
前へ 次へ
全302ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング