踏止《ふみとゞま》つて命掛《いのちが》けに揉合《もみあ》ふ事《こと》半時《はんとき》ばかり、漸《やうやく》の事《こと》で片膝《かたひざ》を着《つ》かしてやつたので、此《この》評判《へうばん》は忽《たちま》ち船中《せんちゆう》に廣《ひろ》まつて、感服《かんぷく》する老人《らうじん》もある、切齒《はがみ》する若者《わかもの》もあるといふ騷《さは》ぎ、誰《たれ》いふとなく『日本人《につぽんじん》は鐵《てつ》の一|種《しゆ》である、如何《いかん》となれば黒《くろ》く且《か》つ堅固《けんご》なる故《ゆゑ》に。』などゝ不思議《ふしぎ》なる賞讃《しようさん》をすら博《はく》して、一|時《じ》は私《わたくし》の鼻《はな》も餘程《よほど》高《たか》かつたが、茲《こゝ》に一|大《だい》事件《じけん》が出來《しゆつたい》した、それは他《ほか》でもない、丁度《ちやうど》此《この》船《ふね》に米國《ベイこく》の拳鬪《けんとう》の達人《たつじん》とかいふ男《をとこ》が乘合《のりあは》せて居《を》つたが、此《この》噂《うわさ》を耳《みゝ》にして先生《せんせい》心安《こゝろやす》からず、『左程《さほど》腕力《わんりよく》の強《つよ》い日本人《につぽんじん》なら、一|番《ばん》拳鬪《けんとう》の立《たち》合ひをせぬか。』と申込《まうしこ》んで來《き》た。
私《わたくし》は拳鬪《けんとう》の仕合《しあ》ひは見《み》た事《こと》はあるが、まだやつた事《こと》は一|度《ど》もない、然《しか》し斯《か》く申込《まうしこ》まれては男《をとこ》の意地《いぢ》、どうなるものかと一|番《ばん》立合《たちあ》つて見《み》たが馴《な》れぬ業《わざ》は仕方《しかた》がない、散々《さん/″\》な目《め》に逢《あ》つて、氣絶《きぜつ》する程《ほど》甲板《かんぱん》の上《うへ》に投倒《なげたふ》されて、折角《せつかく》高《たか》まつた私《わたくし》の鼻《はな》も無殘《むざん》に拗折《へしを》られてしまつた。春枝夫人《はるえふじん》は痛《いた》く心配《しんぱい》して『あまりに御身《おんみ》を輕《かろ》んじ玉《たま》ふな。』と明眸《めいぼう》に露《つゆ》を帶《お》びての諫言《いさめごと》、私《わたくし》は實《じつ》に殘念《ざんねん》であつたが其儘《そのまゝ》思《おも》ひ止《とゞま》つた。一|時《じ》は拳鬪《けんとう》のお禮《れい》
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