た。
玉村侯爵とは松浪伯爵の兄君で、三人の娘には伯父君《おじぎみ》[#ルビの「おじぎみ」は底本では「ぎみ」]に当って居《お》る、余程面白い人で、時々いろいろ好奇《ものずき》な事をする。
伯爵は侯爵の送って来た箱を開けて見て、
「マア、非常に綺麗な腕環が入って居る」と、夜光珠《ダイヤモンド》や真珠の鏤《ちりば》めてある、一個の光輝燦爛《こうきさんらん》たる黄金《おうごん》の腕環を取出した。
一番|年長《としうえ》の娘は、直《す》ぐに夫れを父伯爵の手から借りて見て、
「まあ何んと云う綺麗な腕環でしょう、之れは屹度《きっと》伯父様から、妾《わたくし》に贈って下さったのですよ」と云えば、二番目の娘は横合から覗込《のぞきこ》んで、
「いいえ、伯父様と妾《わたくし》と大の仲好しですもの、妾に贈って下さったに相違はありません」と争う。
三番目の娘は其名《そのな》を露子《つゆこ》と云う、三人の中でも一番美しく、日頃から極く温順な少女なので、此時も決して争う様な事はせず、黙って腕環を眺めて居る。
父伯爵は微笑を浮べて、
「イヤ待て、腕環は一個《ひとつ》で、娘は三人、誰に贈るのか分らぬ、何か書付でも入って居るだろう」と、猶およく箱の中を調べて見ると、果して玉村侯爵自筆の短い書面が出た、伯爵は手に取って夫れを読み下せば――
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一、この腕環は、玉村侯爵家に、祖先より伝われる名誉ある宝物《ほうもつ》なり、新年の贈物にと貴家に呈す、但し一個の外は無ければ、三人の令嬢の内、この年の暮に、最も勇ましき振舞を為《な》せし人、この腕環を得べき権利あり、而《しこう》して此腕環を得し人は、同時に更に多くの宝物を得べき幸運を有す、
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と書いてあった。
二 三人姫君
「オヤオヤオヤ」と、一番目の娘と二番目の娘とは顔を見合せた。
伯爵は三人の娘の顔を打眺《うちなが》め、黄金《おうごん》の腕環《うでわ》を再び自分の手に取って、「玉村《たまむら》侯爵は相変らず面白い事をする人だ、この腕環は侯爵家の祖先|照子《てるこ》姫と云《い》う人の用いたもので、世の貴婦人達の羨《うらや》む珍品である、之《こ》れを三人の娘の内、この年の暮に最も勇ましい振舞をしたものに与えると云う、然《しか》し年の暮と云えば、今日《きょう》は十二月三十一日の夜、今夜中に誰《だれ》が一
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