めいめい、好み好みの場所に席を取って、鮨種子《すしだね》で融通して呉れるさしみや、酢《す》のもので酒を飲むものもあるし、すぐ鮨に取りかかるものもある。
ともよ[#「ともよ」に傍点]の父親である鮨屋の亭主は、ときには仕事場から土間へ降りて来て、黒みがかった押鮨を盛った皿を常連のまん中のテーブルに置く。
「何だ、何だ」
好奇の顔が四方から覗《のぞ》き込む。
「まあ、やってご覧、あたしの寝酒の肴《さかな》さ」
亭主は客に友達のような口をきく。
「こはだ[#「こはだ」に傍点]にしちゃ味が濃いし――」
ひとつ撮《つま》んだのがいう。
「鯵《あじ》かしらん」
すると、畳敷の方の柱の根に横坐りにして見ていた内儀《かみ》さん――ともよ[#「ともよ」に傍点]の母親――が、は は は は と太り肉《じし》を揺《ゆす》って「みんなおとッつあんに一ぱい喰った」と笑った。
それは塩さんまを使った押鮨で、おからを使って程よく塩と脂を抜いて、押鮨にしたのであった。
「おとっさん狡《ずる》いぜ、ひとりでこっそりこんな旨《うま》いものを拵《こしら》えて食うなんて――」
「へえ、さんまも、こうして食うとま
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