「だから、三度々々ちゃんとご飯喰べてお呉れと云うに、さ、ほんとに後生だから」
 母親はおろおろの声である。こういう心配の揚句《あげく》、玉子と浅草海苔が、この子の一ばん性に合う喰べものだということが見出されたのだった。これなら子供には腹に重苦しいだけで、穢されざるものに感じた。
 子供はまた、ときどき、切ない感情が、体のどこからか判らないで体一ぱいに詰まるのを感じる。そのときは、酸味のある柔いものなら何でも噛んだ。生梅や橘《たちばな》の実を※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》いで来て噛んだ。さみだれの季節になると子供は都会の中の丘と谷合にそれ等の実の在所をそれらを啄《ついば》みに来る烏《からす》のようによく知っていた。
 子供は、小学校はよく出来た。一度読んだり聞いたりしたものは、すぐ判って乾板のように脳の襞《ひだ》に焼きつけた。子供には学課の容易さがつまらなかった。つまらないという冷淡さが、却って学課の出来をよくした。
 家の中でも学校でも、みんなはこの子供を別もの扱いにした。
 父親と母親とが一室で言い争っていた末、母親は子供のところへ来て、しみじみとした調子で
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