た親しみに対して、ああまともに親身の情を返すのは、湊の持っているものが減ってしまうように感じた。ふだん陰気なくせに、一たん向けられると、何という浅ましくがつがつ人情に饑《う》えている様子を現わす年とった男だろうと思う。ともよ[#「ともよ」に傍点]は湊が中指に嵌《は》めている古代|埃及《エジプト》の甲虫《スカラップ》のついている銀の指輪さえそういうときは嫌味に見えた。
湊の対応ぶりに有頂天になった相手客が、なお繰り返して湊に盃をさし、湊も釣り込まれて少し笑声さえたて乍らその盃の遣り取りを始め出したと見るときは、ともよ[#「ともよ」に傍点]はつかつかと寄って行って
「お酒、あんまり呑んじゃ体にいけないって云ってるくせに、もう、よしなさい」
と湊の手から盃をひったくる。そして湊の代りに相手の客にその盃をつき返して黙って行って仕舞う。それは必しも湊の体をおもう為でなく、妙な嫉妬がともよ[#「ともよ」に傍点]にそうさせるのであった。
「なかなか世話女房だぞ、とも[#「とも」に傍点]ちゃんは」
相手の客がそういう位でその場はそれなりになる。湊も苦笑しながら相手の客に一礼して自分の席に向き直り
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