すと
「それがはっきり判れば、苦労なんかしやしないやね」それは初恋の男のようでもあり、また、この先、見つかって来る男かも知れないのだと、彼女は日常生活の場合の憂鬱な美しさを生地で出して云《い》った。
「そこへ行くと、堅気さんの女は羨《うらやま》しいねえ。親がきめてくれる、生涯ひとりの男を持って、何も迷わずに子供を儲《もう》けて、その子供の世話になって死んで行く」
 ここまで聴くと、若い芸妓たちは、姐《ねえ》さんの話もいいがあとが人をくさらしていけないと評するのであった。

 小そのが永年の辛苦で一通りの財産も出来、座敷の勤めも自由な選択が許されるようになった十年ほど前から、何となく健康で常識的な生活を望むようになった。芸者屋をしている表店と彼女の住っている裏の蔵附の座敷とは隔離してしまって、しもたや[#「しもたや」に傍点]風の出入口を別に露地から表通りへつけるように造作したのも、その現われの一つであるし、遠縁の子供を貰って、養女にして女学校へ通わせたのもその現われの一つである。彼女の稽古事が新時代的のものや知識的のものに移って行ったのも、或はまたその現われの一つと云えるかも知れない。こ
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