る》の先で圧《お》すと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気|莨盆《たばこぼん》や、それらを使いながら、彼女の心は新鮮に慄《ふる》えるのだった。
「まるで生きものだね、ふーム、物事は万事こういかなくっちゃ……」
その感じから想像に生れて来る、端的で速力的な世界は、彼女に自分のして来た生涯を顧みさせた。
「あたしたちのして来たことは、まるで行燈《あんどん》をつけては消し、消してはつけるようなまどろい生涯だった」
彼女はメートルの費用の嵩《かさ》むのに少なからず辟易《へきえき》しながら、電気装置をいじるのを楽しみに、しばらくは毎朝こどものように早起した。
電気の仕掛けはよく損じた。近所の蒔田《まきた》という電気器具商の主人が来て修繕した。彼女はその修繕するところに附纏《つきまと》って、珍らしそうに見ているうちに、彼女にいくらかの電気の知識が摂《と》り入れられた。
「陰の電気と陽の電気が合体すると、そこにいろいろの働きを起して来る。ふーむ、こりゃ人間の相性とそっくりだねえ」
彼女の文化に対する驚異は一層深くなった。
女だけの家では男手の欲しい出来事がしばしばあった。それで、この方面の支弁も兼ねて蒔田が出入していたが、あるとき、蒔田は一人の青年を伴って来て、これから電気の方のことはこの男にやらせると云った。名前は柚木《ゆき》といった。快活で事もなげな青年で、家の中を見廻しながら「芸者屋にしちゃあ、三味線がないなあ」などと云った。度々来ているうち、その事もなげな様子と、それから人の気先を[#「気先を」は底本では「気先は」]撥《は》ね返す颯爽《さっそう》とした若い気分が、いつの間にか老妓の手頃な言葉|仇《がたき》となった。
「柚木君の仕事はチャチだね。一週間と保《も》った試しはないぜ」彼女はこんな言葉を使うようになった。
「そりゃそうさ、こんなつまらない仕事は。パッションが起らないからねえ」
「パッションって何だい」
「パッションかい。ははは、そうさなあ、君たちの社会の言葉でいうなら、うん、そうだ、いろ気が起らないということだ」
ふと、老妓は自分の生涯に憐《あわれ》みの心が起った。パッションとやらが起らずに、ほとんど生涯勤めて来た座敷の数々、相手の数々が思い泛《うか》べられた。
「ふむ。そうかい。じゃ、君、どういう仕事ならいろ気が起るんだい」
青年は発明をして、専売
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