んな小娘に嬲《なぶ》られる甘さが自分に見透かされたのかと、心外に思いながら
「当てるの面倒臭い。持って来たのなら、早く出し給え」と云った。
 みち子は柚木の権柄《けんぺい》ずくにたちまち反抗心を起して「人が親切に持って来てやったのを、そんなに威張るのなら、もうやらないわよ」と横向きになった。
「出せ」と云って柚木は立上った。彼は自分でも、自分が今、しかかる素振りに驚きつつ、彼は権威者のように「出せと云ったら、出さないか」と体を嵩張らせて、のそのそとみち子に向って行った。
 自分の一生を小さい陥穽《かんせい》に嵌《は》め込んでしまう危険と、何か不明の牽引力の為めに、危険と判り切ったものへ好んで身を挺《てい》して行く絶体絶命の気持ちとが、生れて始めての極度の緊張感を彼から抽《ひ》き出した。自己|嫌悪《けんお》に打負かされまいと思って、彼の額から脂汗《あぶらあせ》がたらたらと流れた。
 みち子はその行動をまだ彼の冗談半分の権柄ずくの続きかと思って、ふざけて軽蔑《けいべつ》するように眺めていたが、だいぶ模様が違うので途中から急に恐ろしくなった。
 彼女はやや茶の間の方へ退《すさ》りながら
「誰が出すもんか」と小さく呟《つぶや》いていたが、柚木が彼女の眼を火の出るように見詰めながら、徐々に懐中から一つずつ手を出して彼女の肩にかけると、恐怖のあまり「あっ」と二度ほど小さく叫び、彼女の何の修装もない生地の顔が感情を露出して、眼鼻や口がばらばらに配置された。「出し給え」「早く出せ」その言葉の意味は空虚で、柚木の腕から太い戦慄《せんりつ》が伝って来た。柚木の大きい咽喉《のど》仏がゆっくり生唾を飲むのが感じられた。
 彼女は眼を裂けるように見開いて「ご免なさい」と泣声になって云ったが、柚木はまるで感電者のように、顔を痴呆にして、鈍く蒼《あお》ざめ、眼をもとのように据えたままただ戦慄だけをいよいよ激しく両手からみち子の体に伝えていた。
 みち子はついに何ものかを柚木から読み取った。普段「男は案外臆病なものだ」と養母の言った言葉がふと思い出された。
 立派な一人前の男が、そんなことで臆病と戦っているのかと思うと、彼女は柚木が人のよい大きい家畜のように可愛ゆく思えて来た。
 彼女はばらばらになった顔の道具をたちまちまとめて、愛嬌したたるような媚《こ》びの笑顔に造り直した。
「ばか、そんなにし
前へ 次へ
全18ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング