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いくら上品にするといっても、昨夜の結婚披露会のあの食事は、少し滑稽だ。皿には、デコレーションの嵩《かさ》ばかりで、実になるものは極《ご》くすくない。室子は、それに遺憾の気持ちが多かったため、かなり沢山《たくさん》招かれた花嫁の友人の皆が既婚者であり、自分一人が独身であったということさえ、あまり気にならなかった。却《かえ》って傍の者達が、室子一人の独身であることを意識してかかっている様子を見せたり、おしゃまな級友は、口に出して遠廻しに、あまり相手を選み過ぎるからだなどと非難した。だが室子は、そういう人事の刺戟《しげき》は、自分の張り切った肉体の表面だけで滑って仕舞って、心に跡を残さないのを知っている。
玄関の方に自動車の止る音がして、やがて階段の下で、義弟に当る七つの蓑吉《みのきち》の声がする。
「姉ちゃん、お見舞いに来たよ。おもちゃ持って来てやったぞ」
「いま、階下へ降りて行きます、上って来ないでよ――」
室子は、急いで降りて、蓑吉が階段へ一足かけているのを追い戻して、一緒に階下の座敷へ伴《つ》れて行った。
湯殿で身体と顔を洗って来て見ると、蓑吉は座敷のまん中へ、女中にほぐして貰《もら》った包みから、沢山のおもちゃを取出して並べている。
郊外にいる室子の父の妾《めかけ》の子であり乍ら、しじゅう、通油町の本宅の家の子として引取られている蓑吉は、折を見つけては姉のいるこの橋場の寮へ遊びに来|度《た》がっている。室子が此間じゅう、一寸《ちょっと》風邪をひいたと昨日|言伝《ことづ》けたのを口実に、蓑吉は早速母親にせがんで、見舞いに来さして貰ったのだった。
室子は縁側の籐椅子で、女中を相手に、朝飯を喰べながら
「蓑ちゃんは可笑《おか》しい。姉ちゃんはもう、とっくに風邪なおって起きちまってるのに見舞いに来るなんて」
「でも、来てやったんだい」
蓑吉は、こまごましたおもちゃを並べるのに余念が無い。
「それ、姉ちゃんのお見舞いに呉れたのね、自分で買って来たの」
「ああ」
「それを買うおあし、お母さんにいくら貰ったの」
「二円だい」
女中がきゅうきゅう笑った。
「済まないわね、そんなに沢山蓑ちゃんから頂いちゃ」
室子は、とぼけた声で、云って見せた。
すると蓑吉は、欲望を割引しなければならない切ない苦痛で顔が真赤になり、物事を決断し兼ねるときのこの子の癖のしきり
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