娘の家の庭の小石を懐から取出して船燈のかげで検めみる。普通の石とは違っている。
 すべすべして赤く染った細長く固い石である。頭と尾は細く胴は張っている。背及び腹に鰭《えら》のようなものが附いている。魚の形と見られぬこともないが、より多く涙が結晶した形と見る方が生きて眼に映る石の形であった。それは福慈岳が噴き出した火山弾の一つであるのだった。
「娘が変っているだけに、庭の小石も変っていら」
 翁はそういって、なおも燈のかげで小石を捻っていた。
 傷むこころに、きらりと白銀の丸のような光りが刺した。
「おれはいま娘の涙を手に弄んでいるのではあるまいか」
 すると、娘がいったことであのときは不服のあまり胸に受けつけなかった意味のことが、まざまざと暗んじ返されてく来るのだった。
「庭の小石まで涙の形になってやがる。ひどい苦労は確にしたのだな」
 それに凝りずに、娘はなおも苦労を迎えてそれを支えた成長の肋骨を増やす積りでいる。凍るほど冷く感じられたおんなだったが、執拗《しつこ》く逞しく激しい火の性を籠らしている。その現れのようにこの涙型の石が血の色に赤く染っていることよ。石が尾鰭まで生やして、魚になっても生き上らんいのちの執拗さを示している。娘が何度も青春を迎えるといった言葉が思い出される。
 翁は掌の上に載せた火山弾にだんだん切ない重みを感じながら、その娘に対し氷にもなれというような呪詛をかけたことのおよそ見当違いでもあり、無慈悲な仕打ちであることが悔まれた。
 今頃、娘はどうしているだろう。福慈岳には夏に入るので白雪でも頂いていやしないか知らん。
 翁はすごすごと小石をまた懐へ入れた。苫に当る雨音を聞きながら一夜を寝苦しく船中に明した。

 房総半島に上り、翁は再び望多《うまぐさ》の峰《ね》ろの笹葉の露を分け進む身となった。葛飾《かつしか》の真間の磯辺《おすひ》から、武蔵野の小岫《ぐき》がほとり、入間路《いりまじ》の大家が原、埼玉《さきたま》の津、廻って常陸の国に入った。
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筑波|嶺《ね》に、雪かも降らる、否諾《いなを》かも、愛《かな》しき児等が、布乾《にぬほ》さるかも
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 山の祖神は、平地に禿立《とくりつ》している紫色の山を望み、それは筑波という山であって、それには人身の形をした山神が住んでいることを聞き知った。

 その山は全山が森林で掩われて鬱蒼としていた。麓の方は樫《かし》の林であり、中腹へかかるとそれが樅《もみ》の林に代る。頂に近いところは山毛欅《ぶな》となった。山の祖神《おやのかみ》の翁はまだ山に近付かないさきから山の林種はこれ等で装われていることを、陽《ひ》に映《は》ゆる山緑の色調で見て取った。この様子の山なら草木の種類はまだ他にたくさん宿っている筈だ。
「豊な山だな」
 翁は手を翳してほほ笑んだ。
 山の頂は二つに岐れていた。尋常な円錐形の峯に対し、やや繊細《かぼそ》く鋭い峯が配置よく並び立っている。この方は背丈けは他より抽んでているが翁には女性的に感じられる。翁はこの山には人身の岳神が住み守ると聞いたが、それにしたら、その岳神は結婚していて、恐らくその妻は良人より年長のいわゆる姉女房であるであろうと山占いをした。
 東国の北部の平野は広かった。茅草《ちがや》・尾花の布き靡《なび》く草の海の上に、櫟《なら》・榛《はり》の雑木林が長濤のようにうち冠さっていた。榛の木は房玉のような青い実をつけかけ、風が吹くと触れ合ってかすかな音を立てた。丸く見渡せる晴れ空をしら雲が一日じゅうゆるく亙《わた》って過ぎた。
 その山は北の方から南へ向けて走る大きな山脈の、脈端には違いないのだが、繋がる脈絡の山系はあまりに低いので、広い野に突禿《とつとく》として擡《もた》げ出された独立の山塊にしか見えない。母体の山脈は、あとに退き、うすれ日に透け、またはむれ雲の間から薔薇色に山襞《やまひだ》を刻んで展望図の背景を護っていた。
 平野のどこからも眺められるその山は、朝は藍に、昼はよもぎ色に、夕は紫に色を変えた。山の祖神の翁は、夕の紫の山をいちばん愛した。
 翁が、草の茵《しとね》に座って、しずかにその暮山を眺めやるとき、山のむらさきから、事実、ほのかで甘く、人に懐き寄る菫の花の匂いを翁の嗅覚は感じた。
 翁は眼を細めて
「山近し、山近し」
 と呟いた。
 その言葉は、翁が福慈神に近付くとき胸に叫んだと同じ言葉ではあるが、翁はただ呟いただけで山に急ぐこころは無かった。その山は急いで近寄らなければ様子が判らないというような山容ではなかった。離れて眺めているだけでも懐しみは通う山の姿、色合いだった。むしろ近付いたら却って興醒めのしそうな懸念もある遠見のよさそうな媚態《びたい》がこの山には少しあった。
 広野の中に刀禰《とね》の大河が流れていた。薦《こも》、水葱《なぎ》に根を護られながら、昼は咲き夜は恋宿《こいする》という合歓《ねむ》の花の木が岸に並んで生えている。翁はこの茂みの下にしばらく憩って、疲れを癒やして行こうと思った。何に疲れたのか。もちろん旅の疲れもある。しかしもっと大きいのは娘に対する疲れであった。
 福慈岳で女神の娘と訣れてから旅の中にすでに半歳以上は過ぎた。訣れは憤りと呪いを置土産にいで立ったものの、渡海の夜船の雨泊中に娘の家の庭から拾って来た福慈岳の火山弾を取出してみて、それが涙痕の形をしており、魚の形をしており、また血の色をしているところから福慈岳神としての娘の苦労を察し、決意のほどもほぼ覗《うかが》えた。それにつれて一時それなりに呵《か》し去れたと思えた娘の主張が再び心情を襲うて来て、手脚の患い以上に翁を疲らすのであった。
 娘のいったことは自然の意志としたならあまりに生きて情熱に過ぎている。もちろん人間の考えだけであれだけの超越の霜は帯ばれない。娘はいのちということをいったがそれは自然と人間を合せて中から核心を取出したそのものをいうのであろうか。翁は今までの生涯に生きとし生けるものの逃れず考えることは生活と幸福と生死ということであると思っていた。そしてこれ等のことは人間が山に冥通する力を得て二つの山の岳神となり得たとき総ては解決されるとまた思っていた。山の生活、山の幸福、そこに何一つ充ち足らわぬものがあろうか。命終せんとして雲に化し巌《いわお》に化す。そこに生死を解脱《げだつ》して永世に存在を完うしようとする人間根本の欲望さえ遂げ得られるのではないか。
 それに引代え娘はいくたたびの生死を語り、その生死毎に苦悩と美への成長を語り、生活とも幸福ともいわない。強《し》いてそれらしいものを娘の言葉の中から捕捉するなら娘がいったいくたたびか迎える辛くも新鮮な青春、かくて遂《つい》に老ゆることを知らずして苦しくも無限に華やぎ光るいのち。娘にしたらこれをこう生活とも幸福ともいうのだろうか。おう!
 山と人間を冥通するところの力に座して世に経るを岳神という。岳神も神には神である。だがこの程の生き方を望もうとも経られようとも思わぬ。
 それは人界の理想というものに似ている。現実に遠く距るほど理想である。しかもあの娘はその遠く距るものを現実に享《う》け生かそうとするものではなかろうか。
 娘は祭の儀を説いて神の中なる神に相逢うといった。
 思えば思うほどひとり壁立|万仭《ばんじん》の高さに挺身《ていしん》して行こうとする娘の健気《けなげ》な姿が空中でまぼろしと浮び、娘の足掻《あが》く裳からはうら哀しい雫《しずく》が翁の胸に滴《したた》って翁を苦しめた。
 取り付きようもない娘の心にせめて親子の肉情を繋ぎ置き度い非情手段から、翁は呪《のろ》いという逆手《ぎゃくて》で娘の感情に自分を烙印《らくいん》したのだったが、必要以上に娘を傷けねばよいが。
「どうしたらいいだろうなあ」
 山の祖神の翁は螺の如き腹と、えび蔓のように曲がった身体を岸の叢《くさむら》に靠《もた》せて、ぼんやりしていた。道々も至るところで富士の嶺は望まれたが見れば眼が刺されるようなので顧ってみなかった。
 岸の叢の中には、それを着ものの紐《ひも》につけると物を忘れることができるという萱草《わすれぐさ》も生えていたが、翁はそれも摘まなかった。せめて悩んでいてやることが娘に対する理解の端くれ[#「くれ」に傍点]になりそうに思えた。
 前には刀禰《とね》の大河が溶漾《ようよう》と流れていた。上つ瀬には桜皮《かにわ》の舟に小※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]《おがい》を操り、藻臥《もふじ》の束鮒《つかふな》を漁ろうと、狭手《さで》網さしわたしている。下つ瀬には網代《あじろ》人が州の小屋に籠《こも》って網代に鱸《すずき》のかかるのを待っている。
 翁はときどき、ひょん[#「ひょん」に傍点]なところで、ひょん[#「ひょん」に傍点]な憩い方をしていると、苦笑して悩みつつある一人ぼっちの自分を見出すのであったが、なかなか腰は上げ悪《にく》かった。
 東国のこのわたりの人は言葉や気は荒かったが、根は親切だった。餓えて憩っている老翁のために魚鳥の獲ものの剰ったのを持って来て呉れたり、菱の実や、黒慈姑《えぐ》を持って来て呉れたりした。雨露を凌ぐ菰《こも》の小屋さえ建てて呉れた。
 昼は咲き夜は恋宿《こいする》という合歓の木の花も散ってしまった。翁は寂しくなった。翁がこの木の下にしばし疲れを安めるために憩うたのは、一つは、葉の茂みの軟かさにもあるのだろうが一つは微紅《とき》色をした房花に、少女として自分の膝元に育て上げていた時分の福慈の女神の可憐な瞳の面かげを見出していたのではあるまいか。ぱっと開いてしかも煙れるような女神の少女時代の瞳を、翁は娘の成長に伴う親の悩みに悩まされるほど想い懐しまれて来るのだった。
 刀禰《とね》の流れは銀色を帯び、渡って来た、秋鳥も瀬の面《も》に浮ぶようになった。筑波山の夕紫はあかあかとした落日に謫落《たくらく》の紅を増して来た。稲の花の匂いがする。
「山近し、山近し」
 山の祖神の翁は今は使い古るしになっているこの言葉を呟いた。そしてやおら立上った。その山は確に葉守《はもり》の神もいそしみ護る豊饒な山に違いない。そしてまた、そこに鎮まる岳神も、嘗《かつ》て姉の福慈の女神と共に、東国へ思い捨てたわが末の息子が成長したものであろうという予感は沁々《しみじみ》とある。それでいてなお急ぐこころは湧き出でない。
 河口に湖のようになっている入江の秋水に影を浸《ひた》すその山の紫をもう一度眺め澄してから翁は山に近付いて行った。

 山麓《ふもと》の端山の千木《ちぎ》たかしる家へ山の祖神の翁は岳神を訪ねた。
 一年は過ぎたが不思議とその日は翁が福慈岳の女神を訪ねたと同じ頃で、この辺の新粟を嘗むる祭の日であった。岳神の家は幄舎《あくしゃ》に宛てられていた。神楽《かぐら》の音が聞えて来る。
 山の祖神の予感に違わず、この筑波の岳神は、自分の息子の末の弟だった。
 しかし息子は、父親の神の遥々の訪れをそれと知るや、直ちに翁を家の中へ導き入れ、紹介《ひきあわ》せたその妻もろとも下へも置かない歓待に取りかかった。そうしながら祭の儀も如才《じょさい》なく勤めた。
 その妻は翁の山占い通り、いささか良人より年長で良人の岳神を引廻し気味だった。彼女はいった。
「ふだん、どんなにか、お父上のことを二人して語り暮らしておりましたことでしょう。有難いことですわ。これで親孝行をさして頂けますわ」
 家の中のいちばんよい部屋を翁のために設けて呉れた。この山に生《な》るものの肥えて豊なさまは部屋の中を見廻しただけでも翁にはすぐそれと知れた。
 黒木の柱、梁、また壁板の美事さ、結んでいる葛蔓の逞しさ、簀子《すのこ》の竹材の肉の厚さ、翁は見ただけでも目を悦ばした。敷ものの獣の皮の毛は厚く柔かだった。
 壁の一側に※[#「木+若」、第3水準1−85−81]机《しもとづくえ》を置き、皿や高坏《たかつき》に、果ものや、乾肉がくさぐさに盛れてある。一甕の酒も
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