かん》の強い子供に対するような、あやなし方をしていました。食事のときに、一杯ずつ与える葡萄酒《ぶどうしゅ》を、父はもう一杯とせがむのを、母は毒だと断るのにいつも喧嘩《けんか》のような騒ぎでした」
中学校から帰って規矩男が挨拶《あいさつ》に行くと、老父はさすがに歓んでにこにこした。そして、「おまえは今から心がけて人生の本ものの味わいを味わわなくちゃいかん」と口癖にいった。それは人生を楽しめという意味に外ならなかった。規矩男には老ぼけて惨な現在の父がそれをいうと、地獄の言葉とよりしか響かなかった。
父が死んで荷を卸した感じに見えた母親は、一方貞淑な未亡人であり乍《なが》ら、いくらか浮々した生活の余裕を採り出した。
「面白いことは」と規矩男は云った。その昔の母の失恋の相手の織田や、いわば彼女の恋仇《こいがたき》である織田の妻が、今は平凡に年とって子供の二三人もあるのと、母は家庭的な交際を始めていることだった、もっとも織田は、その後、財産をすっかり失《な》くしてしまって、土地に自前の雑貨店を営んで、どうやら生活している。彼の知識的の妻も、解放運動などはおくびにも出さなくなり、克明に店や家庭
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