いるかの女は、よくいろいろな男女から面会請求の手紙を受取る。それ等を一々気にしていては切りがない――と、かの女は狡《ずる》く気持の逃避を保っていた。けれども青年の手紙の一つより一つへと、だんだんかの女の心が惹《ひ》かれてはいた。かの女はあの夜の自分の無暗な感情的な行為に自己嫌悪をしきりに感じるのであるけれど、実際は普通の面会請求者と違って、これはかの女の自分からアクチーヴに出た行為の当然な結果として、かの女としてもこの手紙の返事を書くべき十分の責任はある。かの女はやがてそこに気づくと、青年に対する負債らしいものを果す義務を感じた。けれども、それはやや感情的に青年に惹かれて来ているかの女の自分に対する申訳であって、なにもかの女がほんとうに出し度くない返事なら出さなくて宜い、本当に逢《あ》い度くないなら逢わなくても好いものをと、かの女の良心への恥しさを青年に対する義務にかこつけようとするのを意地悪く邪魔する心があり、かの女はまた幾日か兎角《とかく》しつつ愚図愚図していた。するとまた或日来た青年の手紙は強請的な哀願にしおれて、むしろかの女の未練やら逡巡《しゅんじゅん》やらのむしゃむしゃした感
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