れだけの熱情にひかれて、かの女は青年のあとについて行った。後姿だけを、むす子と思いなつかしんで行くことだ。美青年に用はない。
 新橋際まで来て、そこの電車路を西側に渡った。かの女は殆《ほとん》どびしょ濡《ぬ》れに近くなりながら、急に逸作の方を振り向くと、いつもの通り少しも動ぜぬ足どりで、雨のなかを自分のあとから従《つ》いて来る。その端麗な顔立ちが、雨にうっすりと濡れ、街の火に光って一層引締って見える。彼女は非常な我儘《わがまま》をしたあとのような済まない気持になりながら、ペーヴメントの角に靴の踵《かかと》を立てて、逸作の近づいて来るのを待つつもりでいると、もう行き過ぎて見えなくなったと思った青年が、角の建物の陰から出て来てかの女にそっと立ち寄って来た。そして不手際にいった。
「僕に御用でしたら、どこかで御話伺いましょう」
 かの女は呆《あき》れて眼を見張った。まだ子供子供している青年の可愛気《かわいげ》な顔を見た。青年は伏目になって、しかし、意地強い恥しげな微笑を洩《もら》した。かの女は何と云い返そうかと、息を詰めた途端に、急に得体も知れない怯《おび》えが来た。
 かの女は「パパ!」と
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