手が、意外に翩翻《へんぽん》と翻《ひるがえ》って、唄《うた》につれ毬をつき弾ませ、毬を手の甲に受け留める手際は、西洋人には珍しいに違いなかった。
「オオ! 曲芸《シルク》!」
彼等は厳粛な顔をしてかの女のつく手を瞠《みい》った。
かの女はまた、毬をつき毬唄を唄っている間に、ふと、こんなことを思い泛《うか》べた。毬一つ買ってやれず、むす子を遊ばせ兼ねたむかし、そして、むす子が二十になって、今むす子とその友達のために毬唄をうたう自分。憎い運命、いじらしい運命、そしてまたいつのときにかこの子のために毬をつかれることやら――恐らく、これが最後でもあろうか。すると、声がだんだん曇って来て、涙を見せまいとするかの女の顔が自然とうつ向いて来た。
むす子は軽く角笛に唇を宛《あ》て、かの女を見守っていた。
女たちが代って覚束《おぼつか》なく毬をつき習ううち、夜は白々と明けて来た。窓越しにマロニエの街路樹の影が、銀灰色の暁の街の空気から徐々に浮き出して来た。
室内の人工の灯りが徐々に流れ込んで、部屋を浸す暁の光線と中和すると、妙に精の抜けた白茶けた超現実の世界に器物や光景を彩り、人々は影を失った
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