いのちとするものは、本能的に知っている。いつか一度は、世界のどこかで、めぐり合う幕である。むす子の白々しさに多くの女が無力になって幾分|諛《へつら》い懐しむのには、こういう秘密な魔力がむす子にひそんでいるからではあるまいか。そしてこの魔力を持つ人間は、女をいとしみ従える事は出来る。しかし、恋に酔うことは出来ない。憐《あわ》れなわが子よ。そしてそれを知っているのは母だけである。可哀相《かわいそう》なむす子と、その母。
「サヴォン・カディウム!」とエレンが、小さい鋭い声で反抗した。
 むす子はエレンが内懐から取出して弄《もてあそ》び始めようとしたカルタを引ったくって取上げて仕舞ったのである。
「サヴォン・カディウム! サヴォン・カディウム!」ロザリも、おとなしいジュジュまでが立ちかかって手を出した。
 むす子は可笑《おか》しさを前歯でぐっと噛《か》んで、女たちの小さい反抗を小気味よく馬耳東風に聞き流すふりをしている。
「何ですの。サヴォン・カディウムって」とかの女はちょっと気にかかって左隣の芸術写真師に訊《き》いた。
「ママンにサヴォン・カディウムを訊かれちゃった」明朗な写真師の青年は、手
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