遠慮の幕一重を距《へだ》てながら、何か共通の気分にうち溶けたい願いが、めいめいの顔色に流れた。そして夜ふかしで腫《はれ》ぼったくなっためいめいの眼と眼を見合しては、飲みものの硝子《ガラス》の縁に薄く口を触れさしていた。折角、口が綻《ほころ》びかけていたジュジュも、仲間の一人に入り混ってしまうと、通り一遍の遊び女になってしまって、ただ、空疎な微笑を片頬《かたほお》に装飾するに過ぎなかった。
 ちょっと広間の周囲の空気からは、ここはエアポケットに陥ったように感ぜられつつある。数分間のうちにかの女は、この群の人々とむす子との間に対蹠《たいせき》し、或は交渉している無形な電気を感じ取った。
 かの女の隣にいる小ざっぱりした芸術写真師は、見かけだけ快く、内容はプーアなので、むす子に案外|嘗《な》められているのかも知れない。牛のような青年は、巨獣が小さい疵《きず》にも悩み易《やす》いように、常に彼もどろんとした憂鬱《ゆううつ》に陥っている。それでむす子は、何か憐愍《れんびん》のような魅力をこの男に感ずるらしい――。
 むす子は男性に対しては感受性がこまかく神経質なのに、女性に対しては割り合いに大ざ
前へ 次へ
全171ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング