のせず、畳んだナフキンの上にじかに置いてあった。それが却《かえ》ってうまそうに見えた。
かの女はときどき眼を挙げて、花を距《へだ》てたむす子の顔を見た。ギャルソンに註文を誂《あつら》えた後のむす子は画家らしい虚心で、批評的の眼差《まなざ》しで、柱の柱頭に近いところに描いてある新古典派風の絵を見上げていた。鳶色に薄桃色をさした小づくりの顔は、内部の逞《たくま》しい若い生命に火照《ほて》ってあたたかく潤っていた。情熱を大事に蔵《しま》ってでもいるように、またむす子は、両手を上着のポケットに揃《そろ》えて差し込んでいた。
新古典派風の絵のある柱の根で、角を劃切られたこの靠れ壁は、少し永く落着く定連客が占めるのを好む場席であった。隅近くではあったが、それだけ中央の喧騒《けんそう》から遠去かり、別世界の感があった。中央の喧騒を批評的に見渡して自分たちの場席を顧みると、頼母《たのも》しい寂しい孤独感に捉えられた。
かの女は、むす子が眼をやっている間近の柱の絵を見上げて、それから無意識的にその次の柱、また次の柱と、喧騒の群の上に抽《ぬき》んでて近くシャンデリヤに照らされている柱の上部の絵を、眼
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