て人に見せるものでもなし、成るだけ櫛でふせて置くようにしております。
[#ここで字下げ終わり]
新吉はめずらしく手紙の此の部分だけを偏執狂のように読み返えし読み返すのをやめなかった。おみち[#「おみち」に傍点]はいつまでも稚《おさ》な顔の抜け切らぬ顔立ちの娘であった。それ故にこそ親が貰って呉れた妻ではあったが日本に居るときの新吉は随分とおみち[#「おみち」に傍点]を愛した。新吉は一人息子であったので妹というものゝ親しみは始めから諦めていた。ところがおみち[#「おみち」に傍点]をめとって思いがけなくも妻と共に妹を得た。洋行前に新吉はおみち[#「おみち」に傍点]に実家から肩揚げのついた着物を取寄させてしじゅう着させたものだった。東京の下町の稲荷祭にあやめ団子を黒塗の盆に盛って運ぶ彼女の姿が真実、妹という感じで新吉には眺められた。
巴里に馴染むにつけて新吉は故国の妻の平凡なおさな顔が物足らなく思い出されて来た。
特色に貪慾な巴里。彼女は朝から晩まで血眼になって、特性《キャラクテール》! 特性《キャラクテール》! と呼んでいる。
妖婦、毒婦、嬌婦、瞋婦――あらゆる型の女を鞭打ってその発達を極度まで追詰める。
ミスタンゲット、――ダミヤ、――ジョセフィン・ベーカー、――ラッケル・メレール。「聖母マリアがもし現代に生れていたら」とカジノ・ド・パリの興行主は言った。「わたしは彼女を舞台へ誘惑することを遠慮しないだろう。」
始め新吉も女を見るにつけ、どの女からもおみち[#「おみち」に傍点]に似通うところを見付けて一つは旅愁を慰めもし、一つは強い仏蘭西女の魅力に抵抗しようとしていた。だがやがて新吉は一たまりもなく甲《かぶと》を脱がして巴里女に有頂天にならした出来事があった。新吉は建築学校教授の娘のカテリイヌに遇った。
秋もなかば過ぎた頃である。教授はその部屋には電気ストーヴが桃色の四角い唇を開けていた。それでいて窓の硝子戸は開け放されていた。うすい靄《もや》が月の光を含んで窓から部屋へ流れ込むと消えた。だいぶ馴染もついたからというので新吉が通って居た建築学校教授ファブレス氏が新らしい生徒だけを自宅の晩餐《ばんさん》に招いたのである。こんな古風な家が今でも巴里に残っているかと思えるようなラテン街の教授の家へ新吉は土産物の白絹一匹を抱えてはじめて行って見た。学課に身をいれな
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