彼の足踏みを適当に受け止めた。
 森へはいって彼が一番先に遇ったのは軽装した親子の三人連れだった。男の子と女の子だけは彼にはっきり認識出来た。だが親は男親か女親か認識しなかった。彼の網膜に親らしい形だけ写った。それが凝結した彼の脳裡の認識にまで届かなかった。男の子は細い線状にくずれ落ちる落葉を短いステッキで縦横に截り乍ら歩いて居た。しゃっ、しゃっ、落葉の線条を截る男の子の杖の音が、彼の頭のしん[#「しん」に傍点]の苦痛の塊に気持ちよく沁みた。日曜の午前の教会へ行く人が男女五六人通り合せた。樹立ちの薄れた処なので、その人達が停ち止って彼を不審相に見る様子がはっきり判った。彼は下駄を穿いて居る上に寝巻にして居た日本服の古袷に長マントを着て居たので、彼の異国風俗を人々は見返ったのだ。彼は、公園にはいる前、街路で逢う人が度々振り返った理由をごくぼんやりと認識したが、それらが、彼に何であるのか、彼は、しゃにむに歩けば宜いのだ。彼は人々が石か岩の動くように感じただけだった。彼は一たん森を出た。またほかの森に這入った。公園内の車道に出た。自転車をよけた。自動車をやり過ごした。絶えず落葉が散って来た。粉のように線のように。しかしそれらが何であるのか、彼は歩きに歩いた。池のほとりに出た。ここらは樹がまた密生して居た。池をかこんだ樹陰のほの暗さ、池はその周囲の幽暗にくまどられ、明方の月のように静寂な水の面貌を浮べていた。白鳥が二三羽いた。落葉が水上で朽ちて小さな浮島のように処々にかたまっていた。白鳥は落葉のかたまりの個所ばかりを面白そうに巡っていた。彼は立ちどまって白鳥を眺めた。風が冷たく彼の襟元をめぐると彼は眼をしばだたいた。白鳥が提灯のように膨らんだ、月のように縮んだ、毯のようにはずんだ、花のようにゆがんだ、車のようにめぐった。とうとう水晶のように凝結した――彼は眼を皿にした。彼の瞳は冷たく燃えた。冷たい焔は何を写したか。池の右側、彼から五六十歩の距離に居る男女の密接に組んだ姿だ。ベンチの脚は落葉に殆ど没している。腰部を縮めて寄せ合い背部をくねらせて、肩と肩に載せ合った手。黒と茶色の服の色の交錯は女体と男体を、突差にはっきり区別させない。二人とも深く冠った帽子のふちで人のけはいを憚って居るようなひそかな様子だ。
 そこには彼自身が居る。彼のものだった彼女が居る。否、彼女を奪った男と
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