」
荘子は「無心の効能」に思い入りながら少女を顧みた。少女は侍女の一人から半塊の柘榴《ざくろ》を貰って種子を盆の上に吐いていた。それを喰べ終ると壮漢に伴われ次の部屋へ廻りに出て行った。
薫る香台を先に立てて麗姫が入って来た。部屋の中は急に明るくなった。彼女はその美を誰にも見易くするように燭の近くに座を占めた。
彼女は生れつきの娥※[#「女+苗」、283−11]《がぼう》靡曼《びまん》に加えて当時ひそかに交通のあった地中海沿岸の発達した粉黛《ふんたい》を用いていたので、なやましき羅馬《ローマ》風の情熱さえ眉にあふれた。
彼女の驕慢も早く洛邑に響いた稀世の学者荘子には一目置いて居た。彼女はおとなしく荘子の前に膝まずいた。
「よくお越し下されました。随分お久しぶりにお目にかかります」
「田舎へ入って仕舞ってどちらへも御無沙汰ばかりです。だが、あなたは相変らずで結構ですな」
「はい、有難う御座います。お蔭さまをもちまして………あのお宅さまでは奥様も御機嫌およろしゅう御座いますか」
「先ごろから少々わずらって居ますがさしたることもありません。大方なれない田舎棲いでいくらかこころが鬱したか
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