ゅく》という名前の帝があった。北海に忽《こつ》という名前の帝があった。二人は中央の帝の渾沌《こんとん》を訪問した。渾沌は二人を歓迎し大へん優遇した。そこで客の二人は何とかして礼をしようと思い相談したことには、=人にはみな七竅《しちきょう》がある。それで視聴食息する。ところが渾沌はそれが無い。われわれの好意で丸坊主の渾沌に七竅を穿《うが》ってやろうでは無いか。そこで二人は渾沌に日に一竅ずつを鑿《ほ》った。そしたら七日目に渾沌は死んでしまった。=どうだ天賦自然の性質をためようなんて量見《りょうけん》は間違っていよう。荘先生がお聞きになったら却って苦々しくお思いになろう。と斯うまでもさとして見ましたが、別にそれには返事もしませんで、私が以前こしらえてやりました「麗姫の活人形」を取出しまして、今度櫟社の里の先生のお宅へいらっしゃる時かならずこれを先生御夫妻に差し上げて下さい。先生御夫妻が可愛がって下さった頃の麗姫のかたみだと申し添えてお届けして欲しいと申して………」
遜は土間の隅に大きな包みを抱え、うずくまって居る従者を顧み幾重にもからめた包装を解かせた。
扉のそとの外光を背にした麗姫の活人形が薄暗い土間につと躍り出た。
「あれ、麗姫が!……」
矢庭《やにわ》に驚駭《きょうがい》の声を立てたのは今しも其処《そこ》に酒杯の盆を運んで来た田氏であった。
底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年2月24日第1刷発行
底本の親本:「鶴は病みき」信正社
1936(昭和11)年10月20日発行
初出:「三田文学」
1935(昭和10)年12月号
入力:門田裕志
校正:オサムラヒロ
2008年10月15日作成
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