ん。」
彼は、穏に隣室へ声をかけた。
「逸子、済まないが、仲通りの伊豆庄を起して、鮟鱇《あんこう》の肝か、もし皮剥《かわはぎ》の肝が取ってあるようだったら、その肝を貰って来て呉《く》れ、先生が欲しいといえばきっと、呉れるから――」
珍しく丁寧に頼んだ。はいはいと寝惚《ねぼ》け声で答えて、あたふた逸子が出て行く足音を聞きながら、鼈四郎は焜炉《こんろ》に炭を継ぎ足した。傾ける顔に五十|燭《しょく》の球の光が当るとき、鼈四郎の瞼《まぶた》には今まで見たことの無い露が一粒光った。
底本:「昭和文学全集 第5巻」小学館
1986(昭和61)年12月1日初版第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第五巻」冬樹社
1974(昭和49)年12月10日初版第1刷発行
※疑問箇所の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。
入力:阿部良子
校正:松永正敏
2004年1月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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