れから、笊の蔬菜を白磁の鉢の中に移した。わざと肩肘《かたひじ》を張るのではないかと思えるほどの横柄な所作は、また荒っぽく無雑作に見えた。教師は左の手で一つの匙《さじ》を、鉢の蔬菜の上へ控えた。塩と胡椒《こしょう》と辛子《からし》を入れる。酢を入れる。そうしてから右の手で取上げたフォークの尖《さき》で匙の酢を掻《か》き混ぜる段になると、急に神経質な様子を見せた。狭い匙の中でフォークの尖はミシン機械のように動く。それは卑劣と思えるほど小器用で脇《わき》の下がこそばゆくなる。酢の面に縮緬皺《ちりめんじわ》のようなさざなみか果てしもなく立つ。
妹娘のお絹は彼の矛盾にくすりと笑った。鼈四郎は手の働きは止めず眼だけ横眼にじろりと睨《にら》んだ。
姉娘の方が肝が冷えた。
匙の酢は鉢の蔬菜の上へ万遍《まんべん》なく撒《ま》き注がれた。
若い料理教師は、再び鉢の上へ銀の匙を横へ、今度はオレフ油を罎《びん》から注いだ。
「酢の一に対して、油は三の割合」
厳かな宣告のようにこういい放ち、匙で三杯、オレフ油を蔬菜の上に撒き注ぐときには、教師は再び横柄で、無雑作で、冷淡な態度を採上げていた。
およそ和《あ》えものの和え方は、女の化粧と同じで、できるだけ生地《きじ》の新鮮味を損《そこな》わないようにしなければならぬ。掻き交ぜ過ぎた和えものはお白粉《しろい》を塗りたくった顔と同じで気韻《きいん》は生動しない。
「揚ものの衣の粉の掻き交ぜ方だって同じことだ」
こんな意味のことを喋《しゃべ》った鼈四郎は、自分のいったことを立証するように、鉢の中の蔬菜を大ざっぱに掻き交ぜた。それでいて蔬菜が底の方からむら[#「むら」に傍点]なく攪乱《かくらん》されるさまはやはり手馴《てな》れの技倆《ぎりょう》らしかった。
アンディーヴの戻茎の群れは白磁の鉢の中に在って油の照りが行亙り、硝子越《ガラスご》しの日ざしを鋭く撥《は》ね上げた。
蔬菜の浅黄いろを眼に染《し》ませるように香辛入りの酢が匂《にお》う。それは初冬ながら、もはや早春が訪れでもしたような爽《さわや》かさであった。
鼈四郎は今度は匙をナイフに換えて、蔬菜の群れを鉢の中のまま、ざっと截《き》り捌《さば》いた。程のよろしき部分の截片を覗《うかが》ってフォークでぐざ[#「ぐざ」に傍点]と刺し取り、
「食って見給え」
と姉娘の前へ突き出した
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