ぢやないか。しかも、それはどこまでも表面のおかあさんに適当な条件であつて裏面の女性を何《どう》しやうも無い。いくら武術を好み乗馬に巧みだからと云つて、国全体を震憾《しんかん》させるやうな荒競技に……それにまた達するやうな猛練習など第一生理的耐持力もありやう筈《はず》は無い。おかあさん親子ははた[#「はた」に傍点]と返答に行き詰まつたが、爺さんの頼みがごういん[#「ごういん」に傍点]でなくまた恩を笠《かさ》の命令的でもなくまるで年寄りが余生の願望の只一つのやうな哀願的な態度で頼み入るので先刻云つたやうにそれ、義理を迎へ入れるやうにして却《かえ》つてこちらからはまつて行つてしまつた。絶体絶命の承諾といふ境地には入《い》つた形になつて居たんだな。
――そこへS家から逃げ出したおとうさんが行き合せたんですね。
――さうだ。聴き手のお前達が、この物語の構成者になつちまつたな。有難いよ、さう熱心に聴いて呉《く》れれば、はは……(しまつたまた、笑つちまつた。)それでと、今まで別に自分達の運命を不思議にも思つて居なかつた二人が、始めて因果同志のかこち[#「かこち」に傍点]合ひをしたのだな。一たん嘆き始めると、何もかもあべこべな二人の運命に気がついて、果てしもなしに悲しくなつた。と云つて、今さら、二人が二人の母親に抗議を申込む気にもなれず、さうだ、わし達は逆な運命を痛感すると同時に、母親と面と向へば、どうも、さういふ運命のつくり主である母親を責めさうで、却《かえ》つて足が母親の方に向かなかつた。気が弱いと云はうか、それよりも、まあ、優しい気だてだつたと云つて置かう、わしがS家から逃げておかあさんの処へ向つたのも、自然、親を責めさうな機運を意識して、却つてそこから廻逃したのだな。そして親より以外に本当の自分の運命を知るものは自分と同じに性を取違へてゐるおかあさんより外《ほか》にない、どうも、其《そ》のおかあさんの処へ行つて見るよりほかに思案も無かつたのだ。
[#ここで字下げ終わり]


 これから先は作者がまた話すことにしませう。おとうさんも大分語り疲れたやうですから。おとうさんとおかあさんはとど都から姿をかくすことに相談を極《き》めました。二人とも母親を残して行くことは実に悲しいことでありましたが、止《や》むを得ない当面の仕儀、そしてこのまま、不自然な二人が都に苦しみ乍《なが》らうろ
前へ 次へ
全12ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング