終わり]
 むすめの聞きさうな事です。
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――いいえ。このわたし==おかあさんの処へ来られたの。
――今度は、わしが話さう。
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 とおとうさんが二十年来むすことむすめが聞きなれたおとうさんの声で云ひました。ですが、今まで長いおかあさんのおはなしの内で娘姿にばかり想像して居たおとうさんが突然、男の声を出したので、ほんの一瞬間ではありましたが、むすめも、むすこも何か、あでやかな変怪の姿のなかから忽然《こつぜん》、おとうさんが男姿で抜け出したやうな不思議な感じがいたしました。
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――お前たち、その頃、おかあさんが、どんな男でゐたか想像がつくか。
――いいや、とても、それは難かしい。
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 むすこは全く、このはなしの中心に身を入れ切つて其処《そこ》から途方もなく開展して行き相《そう》な事件に対する好奇心の眼を瞠《みは》つて居るのでした。
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――おかあさんは美青年だつたぞ。だが、まだ恋愛事件になぞ身を縛られてゐなかつた。と云つても、やつぱり外《ほか》の事情で身を縛られてゐたから、厄介な境遇だつたことに変りは無かつた。おかあさんは気性が女の内気であり乍《なが》ら乗馬や、ほかの武芸に実に優れて居た[#「優れて居た」は底本では「優れた居た」]。お前達の知る通り田舎《いなか》でもおかあさんの耕作達者には村の人達も息を引いて居るのと思ひ合せて御覧、美しい優しい顔して居るおかあさんの今でもこんなに立派な体格をご覧。
――ほほほほ……。
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 おかあさんの張《はり》のある綺麗《きれい》な笑ひ声……むすこも、むすめも、勇ましいおかあさんの男姿に引き入《いれ》られようとした想像からまた引戻されました。
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――笑つたりしてはいけないおかあさん……かういふ話は一歩それると飛《とん》でも無い不面目なものになる。
――はい。
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 おかあさんも真面目《まじめ》な聴きてになりました。
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――おかあさんの母親はおとうさんの母親よりやま[#「やま」に傍点]気があつてしつかり者だつただけに仕事も小さい乍《
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