へなかつた、業風《ごうふう》の吹くままに遊び散らし、書き散らし、生き散らして来たと思へる生涯が、なぜか今宵は警めなしに顧りみられる。そして、そろそろ、まんさんたる自分の生涯の中に一筋|貫《つらぬ》くものがあるのに気がつき出した。これを、今すこし仔細《しさい》に追及し、検討して見るとしても、あながち卑怯未練と自己嫌悪に陥るにもあたるまい――否、何かしらず、却《かえっ》て特別に自分に与へられた道の究明といふやうなけ高い、気持さへ感じられもして来るのだつた。
秋成は湯鑵の蓋《ふた》をとつて見た。煮くたらかされて疲れ果て、液体のまん中を脊《せ》のやうに盛り上げて呻吟《しんぎん》してゐる湯を覗《のぞ》いて眉《まゆ》を皺《しわ》めた。物思ひに耽《ふけ》つて居るうちに茶の湯が煮え過ぎて仕舞《しま》つてゐた。秋成は、立ち上つて覚束《おぼつか》ない眼で斜めに足の踏み先きを見定めながら簷下《のきした》へ湯鑵の水を替へに行つた。疝腫で重い腰が、彼にびつこを引かせた。
燠《おき》のたつた火を、その儘《まま》にして彼は、湯鑵を再びその上へかけた。彼はもう茶を入れて飲む方の興味は失つて居たが、水が湯になるあの過程の微妙な音のひびきは続けて置きたかつた。突き詰めて行くこころを程よく牽制《けんせい》してなめらかに流して呉《く》れる伴奏であるやうに思へた。彼は耳を傾けたが、風はもう吹きやんで、外はぴりぴりする寒さが、寺の堂も山門も林をも、腰から下だけ痺《しび》らせつつあるのを感じた==京は薄情な寒さぢや。と彼はここでひと言、ひとりごとをいつた。彼は元通りきちんと坐《すわ》つて、考への緒口《いとぐち》に前の考への糸尻《いとじり》を結びつけた。――愛しても得られず、憎んでも得られず、勝負によつて得られず、ただ物事を突きつめて行く執念のねばりにだけ、その欲情は充《み》たされたのだつた。だが、この世の中にそれほど打ち込んで行けるほどのものがあるだらうか。いくら執念のねばりを愛する欲情であるといつて、むやみに物を追ひ、獅噛《しが》みついて行くわけには行かなかつた。魅力といふものが必要だつた。そして魅力の強いものほど飽きが来た。飽きが来なければ、むかうが変つた。
生母には四つの歳に死に訣《わか》れた。曾根崎の茶屋の娘だつた。場所柄美しくない女ではなかつたらうけれども、誰も父の名を明かして呉《く》れないとこ
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