あなたを『素焼の壺』のようなあっさりした方と云いましたけど……私はそれ以上あなたにお目にかかっていると、しん[#「しん」に傍点]と寂しさが身に迫るようでした。時々堪らなく寒くなるような感じをうけます」
「男性と女性の相違ですよ。兄さんとあなたと僕に対する感じ方の違うというのは」
「何がですか」
「だから僕は女性でなくては……と云ったでしょう」
「…………」
 かの女はあまり唐突にその言葉を聞いたように感じた。だがよく考えれば、青年がいつも女性でなければと云っていたことを、今また思い出した。
「僕はやっぱり女性の敏感のなかに理解がしっとり緻密に溶け込んでいるのでなければ、淋しい男性にとってほんとうの喜びではないと思うんです。兄さんは僕を多少ニヒリストで素焼の壺程度にさらりとした人間と解釈したに過ぎないが、あなたはそれ以上、僕に鬱屈している孤独的な寂しさまで感じわけて下さったでしょう……女性の本当に濃かいデリケートな感受性へ理解されることが、僕の秘かな希望だったんだな……」
「でもあなたは素焼の壺が二つ並んだような男女の交際が欲しいと仰ったでしょう」
「またそれが出ましたね。どうも素焼の壺が頻々《ひんぴん》と出て来ますね。あれは僕自身も僕を素焼の壺程度に解釈していた時分云ったことですよ。僕は実は大変な鬱血漢でしたよ」
「割合いに刺戟的な方だと思うわ」
「ばあやのお喋りがはいらないんで、今日はあなたがよくお話しになる、僕の本望だな。あれはね、僕、今でもそう思ってますが――つまり、すぐ恋愛になるような、あり来りの男女の交際は嫌だと思ってましたから、それがああいう言葉で出たんですが……」
 この青年は非常にエゴイズムなのではないかと、ふとかの女は思った。
 でなければ、それ以上に抜け切った非常に怜悧な男なのではないかとも思った。
 でもこう話しているうちに、決して男性の体臭的でない明るいすがすがしい気配が、青年の顔色や態度に現われて来た。かの女は、もしその気配に自分の熱情が揺がされでもしたら、自分が何か非常に卑しい軽率な存在にでも見えだすかも知れない――そう思うとかの女はかすかなうそ[#「うそ」に傍点]寒いような慄えに全身をひきしめられた。
「ね、あそこをご覧なさい」
 青年の指差したのは、真向いの堤に恰《あたか》も黄金の滝のように咲き枝垂《しだ》れている八重山吹の花むらであ
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