びウヱールズから来た血色の好い饑餓行進《ハンガーマーチ》もそれが習慣であるといふ意味を通じて、英国人の頑心を漸次消解させ逐年長閑さを増すロンドン・メーデー風景となつたのだ。
陽気が好いといふことも行列を祝祭気分にする。陰気なストーブの前から逃れ戸外の霧から救はれた英本国六千万の人民はこの時はうはい[#「はうはい」に傍点]と一時に咲き寄せる春夏を併せた諸草木の花、就中メーフラワーの紅白の色彩の爆発に逢つて冬中縮めてゐた感覚の息使ひをにはかに忙しく開始する。
「何と好い陽気ぢやないか。」
思はず手を差し伸べ合つてコンミュニストとトレードユニオニストとが握手する。
ハイド・パークの青芝の広場に幾筋もの汗ばんだ行進隊が吸ひ寄せられて行く。
最貧民街|東端倫敦《イーストロンドン》からの一隊は手押椅子にのつた足無しのリーダーに率ゐられた。雨上りのやうに明朗なテームズ河岸の太陽はいくらかの殺気を帯びたこの一隊に睨み上げられ少しをびえて肩をすくめる。
有色人種特有の嘆きと浮れと決意のメロデーが運動筋を不思議に飜弄する(殖民地のお化)の曲の波に乗つてダーポーシュ帽の赤い房が揺れる。印度自由国聯盟《インデアンフリーダムリーグ》の枝隊が圧進して来る。張りついたやうに揃つた隊列を横から見ると一つ躯幹になつたが五六本の赭黒い足を力強く一時に踏み出す。印度人は復讐を遂げるまでは決して笑はない。英国本の伝奇小説にはよくかういふことが書いてある。その真否は別として今眼の前を過ぎる枝隊の先頭に立つサクラトヴァラの顔には少くともまだ当分笑ひを予約すまいといふ厳しい固めがある。
Long live Sakulatvala !
見物群のなかから殖民地訛の多い声がかう叫びかける。彼はバッタシーの前共産党代議士で組織者として有名だ。
行進が殖民地官省のある町を通つた時この枝隊は特に意味を持つた。
皮肉《アイロニー》だ。皮肉だ。
皮肉好きの英人の見物は羊皮製の顔に血の気を浮べて頷き合ふ。この日のために特に刷つた赤字のビラやパンフレット、この日の見物に売捌かうと抱へて来た労働新聞を傍列の赤シャツや黒ヅボンが両側の人波へさあさあ[#「さあさあ」に傍点]と撒く。紳士は巻煙草の広告のやうに婦人連は百貨店の衣裳の宣伝ビラをうけとめるように至極悠長な受け渡しだ。代金をあとから筒で取りに来る。慈善事業の寄
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