とりませんが、小供《こども》や、無智《むち》な者などに露骨《ろこつ》なワイルドな強欲《ごうよく》や姦計《かんけい》を見出《みいだ》す時、それこそ氏の、漫画的興味は活躍《かつやく》する様に見えます。氏の息《むすこ》のまれに見るいたずらっ子が、悪《あく》たれたり、あばれたりすればする程《ほど》、氏は愛情の三昧《ざんまい》に這入ります。
 氏はなかなか画《え》の依頼主に世話をやかせます。仕事の仕上げは、催促《さいそく》の頻繁《ひんぱん》な方《かた》ほど早く間に合わせる様です。催促の頻繁な方|程《ほど》、自分の画を強要《きょうよう》される方であり、自分に因縁《いんねん》深い方であると思い極《き》めて、依頼の順序などはあまり頭に這入《はい》らぬらしいのです。
 終《おわ》りに氏の近来《きんらい》の逸話《いつわ》を伝えます。
 氏の家へ半月程前の夕刻|玄関《げんかん》稼《かせ》ぎの盗人が入りました。ふと気が付いた家人《かじん》は一勢《いっせい》に騒ぎ立てましたが、氏は逃げ行く盗人の後姿《うしろすがた》を見る位《くらい》にし乍《なが》ら突立《つった》ったまま一歩も追おうとはしませんでした。家人が詰問《きつもん》しますと、
 氏は「だって、あれだけの冒険をしてやっと這入《はい》ったんだぜ、(盗人は三重の扉《とびら》を手際《てぎわ》よく明けて入りました)あれ位《くら》いの仕事じゃ(盗人は作りたての外套《がいとう》に帽子をとりました。)まだ手間《てま》に合うまいよ。逃がせ逃がせだ。」という調子です。氏のこの言葉は氏のその時の心理の一部を語るものでしょうが、一体《いったい》は氏は怖くて賊《ぞく》が追えなかったのです。氏は都会っ子的な上皮《うわべ》の強がりは大分ありますがなかなか憶病《おくびょう》でも気弱《きよわ》でもあります。氏が坐禅《ざぜん》の公案《こうあん》が通らなくて師に強く言われて家へ帰って来た時の顔など、いまにも泣き出し相《そう》な小児《こども》の様に悄気《しょげ》返《かえ》ったものです。以上|不備《ふび》乍《なが》ら課せられた紙数を漸《ようや》く埋めました。



底本:「愛よ、愛」メタローグ
   1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1976(昭和51)年発行
※「椽《えん》」の表記について、底本は、原文を尊重したとしています。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2004年3月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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