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式部「あれ、誰か、そこに人が来たようだね」
老侍女「そうでございますか、わたくしは一向気が付きませんでございましたが、どれどれ」(縁へ伸び上りあたりを見廻す。妙な美男、ちょっと屈み上り、老侍女に手招きをする)
老侍女「なるほど、どなたか、いらっしゃるようでございますねえ。あの、どなたでございます」
式部(つと立上り)「こんな様子を人に見られるのは嫌じゃ。わたしは隠れてしまうから、お前、よく用心しといてくれ」(式部、几帳の陰に隠れる)
老侍女「はいはい承知いたしました。それがおよろしゅうございましょう。しかし、おかしな人もあればあるもの、黙って外から人を手招きして。まさか昼日中、盗賊じゃあるまい。(履物を穿いて近づく)。もし、そこのお方、どなたでございます。どなたでございます」
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(妙な美男、しきりに手招く。老侍女がそばに来たときに男、ぬっくと立上る)
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妙な美男「今日は」
老侍女「ひえっ! びっくりしますわ。この人は急に人の眼の前に立ちふさがって」
妙な美男「いや、驚かせて済みません。驚かすつもりは、ちっとも無かったんですが」
老侍女「何か御用なんですか。御用なら早くおっしゃって下さいませんか」
妙な美男「では、お尋ねしますが、いま、あすこに筆を持って書いていられた女性は、紫式部さんでしょう。そうでしょう」
老侍女「そうでございます。世間で専《もっぱ》ら評判の高い奥様でいらっしゃいます」
妙な美男「そして、いま書いていらっしゃるのは源氏物語の続きでしょう」
老侍女「どうでございますか、私どもなんかには判りませんです」
妙な美男「いや、それに違いありませんよ。(眼を瞑って想像するように)、奥様は今、きっとあの物語の中の死んだ夕顔の事を忘れ兼ねている源氏の君の心を思いやって、そうだ、そこから次の恋人の発見への物語に筆を進められていられるところに違いない。そうですよ、きっと、そうですよ」
老侍女「何とでも御想像になるのは御勝手ですが、一体、あなた様は何の御用でいらっしたのでございます」
妙な美男「御用と開き直られると困るんですが、若《も》し伺えたら伺ってみたいのです。紫式部という方はどんな方ですか。世間の噂の
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