時、玄関へ一団の訪問客の押しかけて来たけはいを感じて言葉を切った。訪問客の一団は丁度ロンドンで開かれたインドに就いての円卓会議の出席者として態々《わざわざ》渡英して来たインド各聯邦の代表者達の秘書の妻君や娘達であることを先刻の肥った老女中の取次ぎが丁寧《ていねい》に伝えて行った。景子達の日本的律義にいくらか窮屈だったらしいガルスワーシー夫妻は急にくつろぎを見付けたように立ち上って、そそくさと玄関へ出かけて行った。二人の日本人は夫妻の其の態度に老英帝国がインド聯邦を保護国として迎える態度を聯想した。賑《にぎ》やかに入って来た客は印度《インド》婦人服独特の優雅で繚乱《りょうらん》な衣裳を頭から被《かぶ》り、裳裾《もすそ》を長く揺曳《ようえい》した一団の印度婦人だった。
 始めその婦人達は先客としての日本の男女を紹介されてちょっと気負いを挫《くじ》かれた形だったが、直き又揃えたような美貌を正面に立ててガルスワーシーに逢えた光栄を得意の英語の大げさな口調でしゃべり始めた。室の入口の両隅に寄せてあった五脚の低い椅子を夫人と女中が茶テーブルの周りに持って来る間に景子達はガルスワーシーの左側へ椅子を寄せて陽射しを自分達の顔から新来の印度女達の面上へ譲る。此の五人の印度女の内で一段|際立《きわだ》って見えるカシミヤ代表の秘書の夫人は細くすんなりとした体に桃色絹のインド服を頭や腕や腰にはめた黄金造りのバンドで締めつけ、同じ色絹のべールを頭から背へかけて居た。足には流石《さすが》に英国風の飾り靴をはいて居たが足頸にも金環をはめて居た。彼女は腰掛けて居ながら亢奮したように絶えず身を動かして体中の金飾りを鳴らした。彼女は身をくねらせて魅惑的なしな[#「しな」に傍点]をしながら大理石の彫刻のような顔の鼻柱に迫る両眼の生々しい輝きに時折り想い詰めた情慾のようなひらめきを見せてべールの間からガルスワーシー夫妻や二人の日本人達を交互に見て癇高《かんだか》い声で言った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――私は詩人です。私は三代続いた詩人の家の娘です。私は詩が好きですよ。英国ではイエーツが一番好きで、其の次ぎにはシェリー、キーツが好きです」
[#ここで字下げ終わり]
 カシミヤ夫人は景子が期待して居たように同じ東洋人を懐かしいとも言わない。そればかりか其の度合いの取れない飛び上った話の
前へ 次へ
全11ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング