れて居た。
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――ミスター・ロウが描いて呉れたんですよ。あのイヴニング・スタンダード紙の。似て居ますか?」
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 流石《さすが》に印度女達は黙ってしまった。そして今までの突飛な高調した態度とは打って変って極めて常識的な地味な女達になってお互いにこそこそ用事の話を始めた。
 此の有名な漫画家の描いた文豪の似顔画はあまり出来のいいものではなかった。臆した堅苦しい写生の上に無理に戯画的のものをつけ加えたちぐはぐの部分が景子達にも判った。
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――すこし老《ふ》けて描いてはございませんか」
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 ガルスワーシーは額を自分の手に引取り見直したのち、
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――左様。そう言えば、そうですね。多分私の苦労した方面をロウ君が捉えたのでしょう」
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 そう言って笑った。
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――此のロウ君はですね、濠洲生れの男でしてね。線と簡単化ということでは沢山東洋的のものを持ってるように思うんですが日本のお方にはどう見えますか。それに此の人の漫画のユニークなところも欧洲人の持前のものと違って消極的な苦《にが》いものがあるのですが、之れも東洋的のものとはお思いになりませんか。ロウ君の仕事なぞから感じさせられますが濠洲に行って居る欧洲人の移民が三代、四代も経つと段々東洋化されて行くようです」
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 その観察は確かにガルスワーシーが不断から抱懐して居るものに違いない様子だが、それを此の場合に述べる口振りには此の英国文豪が客によって自分の意見の真実を曲げずに而《し》かも客への愛想となる好話題を選み出せる如才ない一面が覗《うかが》われる。
 景子は主人の好意を認めるようにただ「そうです、そうです」と返事した。
 印度女達は咽喉をつめられて声の出せないような重苦しい状態の下に長くは我慢して居なかった。持参したインド土産らしい布地などをガルスワーシー夫人に手渡しながら不平の交った荒っぽい賑やかさを残して客間を引き上げて行った。
 送って玄関まで行ったガルスワーシー夫人が応接間へ帰って来た時、何んとなく取り散らかされたような室内の気配のなかに少し不興気な先客を
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