ひ、馳せ交ふ群集、
そこには午前《ひるまへ》の赤い日、黄金《きん》の高屋根越しに照らすけれど、
路上の土塵《つちほこり》はまき上り、空中をこめ、半空を掻き濁らせ、
その灰白色な惡騷《わるさわ》がしさを迫き立て迫き立て押しこくり、
目まぐるしくも烈しい首府の繁榮をその鈴懸《すずかけ》の並木の上に形づくる。
ああ年少の時、私はこの目醒ましい大都會の活動に驚いた。
おお私の光明と滿足、そこにも吾が墓がある、吾が無邪氣な過去の崇拜がある、
しかし今にして思へば、この繁榮の上には襤褸の黒い大旗が懸つてゐる。
ああ花崗石の橋、濠割、並木の道路、人馬の雜沓、
そこには人間の壯麗な活動の美は見るに未だよしなく、
唯だ額青黒い群集が馳交ひ、行交ひ、すれ交ひ、
半ば濁れる大都會の華かな光を、忙しく呑む。
ああ吾が生ひ育つた市中のどこに、輝かしい精神がある、
あの瀝青色《チヤンいろ》の惡水ひかる濠割、
日蔭少い平地の諸公園、
赤衣裳の番卒の如き諸官省、
木立の葉、土ほこりに白い社、大寺院、大學……
背低くの胴に圓屋根《まるやね》赤く、さながら娼妓の嬌態《けうたい》と髮飾りを思はせる劇場、
更に工場、會社、銀行、鬪技場、
私等の首府は之れ等大建築物を取卷いて、
ただ雜然として遠く廣く其の鉛色の手をひろげ、波をうねらせ、谿を埋め、丘に連《つらな》り、
濠をめぐり、目まぐるしくも變化なく、素《そ》つ氣《け》なく、單調に、單色に、
ああ自然を讃美する心むなしい無表情の大都會を作る。
ああ私は此の中で育つた。
此處に、此のだだ廣《ぴろ》い市民の部落に、
私は育つた。
そこには雨の日、泥の沼遠くひろがる道路、
また風の日、褐色《とびいろ》の手で、町を叩きふせる屋外の砂埃り、
おお櫛風沐雨の乞食の市!
わたし等は自然に鬪ふ威力のない大都會で育てられた。
ああ吾が半生の鬪ひの地、汚れの地、
今この斷崖《きりぎし》より遠く見て、
幾山坂の行路をかへり見れば、
鋭い追想の情、吾が眼の力を一層鮮かにし、
おお眼の前を走る多數の襤褸の市の民、貧者《ひんじや》の酒場《さかば》、燈《ひ》の町、灯《ほ》の影暗祕密の路次、
嘗つては吾れもその仲間であつた生活の、
おおその肉身の思ひある共同の生活の、
過去一切の眞と贋《がん》との姿を今ありありと捉へ得て、
吾が未來の夢はまたこと新しく空《そら》に浮ぶ。
[#地から1
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