《のてん》を覆つてゐる。
その時火のつく樣な赤ん坊の泣き聲が聞え、
さんばら髮の女が窓から顏を出した。

ああ眼を眞赤に泣きはらしたその形相《ぎやうさう》、
手にぶらさげたその赤兒、
赤兒は寒い風に吹きつけられて、
ひいひい泣く。
女は金切り聲をふりあげて、ぴしや/\尻をひつ叩く。
死んでしまへとひつ叩く。
風に露《あば》かれて裸の赤兒は、
身も世も消えよとよよと泣く。

雪降り眞中《まなか》に雪も降らない此の寒國《かんごく》の
見る眼も寒い朝景色、
暗い下界の地に添乳《そへぢ》して、
氷の胸をはだけた天、
冬はおどろに荒れ狂ふ。
ああ野中の端の一軒家、
涙も凍るこの寒空に、
風は悲鳴をあげて行く棟の上、
ああこの殘酷はどこから來る、
ああこの殘酷はどこから來る、
またしてもごうと吹く風、
またしてもよよと泣く聲。

  發狂者の獨り言

戀は死よりも鋭《するど》い、
悲しい玻璃《はり》へ木立《こだち》の浮模樣《うきもやう》、
朗《ほがら》かな空、涙まじりの小鳥のおしやべり、
『御早やう、今日も御天氣で御座います……』
それつきりの沈默、玻璃のフラスコ壜、
化學者が或る夜、紫の星を見た折り不圖感じた物思ひから、
入れた朱斑《あかぶち》の目高魚一疋……
『ああ何ゆゑのこの朱ぞ、
トランプのハートの黒い變色《へんしよく》、
品川沖の外國廢船の赤錆《あかさび》、
此の胸の奧に潜《ひそ》む云ひやうない苦しさ、
死の感激……』

朝風吹いて庭の枝々きしめけば、
君は天から天女《てんによ》のやうにふはりと飛んで來るかと思ふ……。

 第三篇

  感激

空しい月日のぴんぴんいとひき車、
古手《ふるて》の『人生觀』がこほんこほんと咳をして、
さて金錆《きんさ》びのした嗄れ聲、
――感激とは萬朶の火の花だよ。
東洋の毛脛あらはな蟻の國
ながいものには卷かれる國粹保存主義、
金甌無缺のわが帝土に
おう、お、わたし等の生涯はつねにずぶずぶ水浸し!

青年、青年、火の信仰、淨い熱、
わが眼は空かける大鳥のごとく此の墮落の國を俯瞰し看破しよう。
わが守り神、晴れやかな天、白い雲。
萬づ物みな新らしい芽生えの春、
わが心涸れしなびたれど、之れ思へば、
つねに死なず。

  感謝

わたし共にもやがて最後の時が來て、
この人生と別れるなら、
願はくば有難うと云つて此の人生に別れませう。


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